山鹿市鍋田にある「山鹿市立博物館」。
県内で2番目に開館した古い博物館で、
考古学の資料を展示しているとのこと。
このブログの範囲から外れてはいますが、
館の周辺には興味深いものが沢山あります。
「山鹿市立博物館」。
市内を中心とした菊池川流域の考古資料や、
歴史資料、民俗資料を中心に、
約3,000点が収蔵・展示されているようです。
全国で唯一とされる石包丁形鉄器や、
30数例しかない巴形銅器等もあり、
大変貴重な資料が展示されているとのこと。
訪問時はギリギリ開館前でしたし、
範囲外なので入館はしませんでした。
「帆足長秋・京先生像」。
博物館前にある帆足長秋父娘の銅像。
長秋は三玉村久原の天目一神社及び、
三玉村霊仙の二宮神社の神職を務め、
守山八幡宮で橘家神道を学んだとされます。
生涯4度の伊勢詣でその都度松坂に寄り、
国学者本居宣長の門人となって学び、
熊本藩に国学を礎を築きました。
娘の京(みさと)は長秋30代の頃の娘で、
幼少の頃より聡明で父より教えを受け、
国学を学び詩歌や書道を嗜んでいます。
享和元年(1801)に父と共に伊勢詣を行い、
松坂の本居家(鈴屋)に滞在して宣長に師事。
「古事記伝」等の書物を多く筆写し、
父長秋の手助けをしました。
後に帆足(岡)貞亮を婿に迎えますが、
長秋は不肖を理由に離縁させた為、
文化8年(1811)に貞亮は京を連れて出奔。
激怒した長秋は手助けした妻とも離縁し、
京は貞亮との流浪の旅の末に、
6年後に長門二見浦で死去しました。
長秋はその5年後の文政5年(1822)に死去。
生前に和解する事はありませんでしたが、
京の遺骨は故郷に持ち帰られ埋葬され、
父娘の墓は隣接しているとのことです。
※未訪問。
■関連記事■
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国学者本居宣長の墓所。
・三重県松阪市 樹敬寺/本居宣長墓所
もうひとつの宣長の墓所。
