高野山奥の院墓地/仙台藩伊達家墓所①

奥の院墓地にある仙台藩伊達家墓所
仙台藩伊達家の墓所は1ヶ所ではありません。
この為便宜上仙台藩伊達家墓所①とします。

この場所にある藩主の墓は2基で、
一の橋から入ってすぐの場所にあります。

大慈院殿前羽林義山仁公大居士(左)」、
見性院殿前羽林雄山威公大居士(右)」。
仙台藩2代藩主伊達忠宗の墓と、
3代藩主伊達綱宗の墓。
2代忠宗は初代藩主伊達政宗の次男で、
母は正室の愛姫でした。
父の死去に伴い家督を相続すると、
直ちに評定役を増やして執行体制を決定。
総検地の実施、家臣団の知行地再編
買米制の実施等の政策を次々に実行します。
これらの政策が藩を潤わせた為、
守成の名君」と評されるに至りました。
3代綱宗は2代忠宗の六男に生まれますが、
兄らは養子に行ったり夭折した為、
継嗣となって父の死去後に家督を相続。
名君であった父と違い暗愚だったとされ、
酒色に溺れて藩政を顧みなかったという。
この為に縁戚の大名や幕閣が動き、
21歳で強制的に隠居させられて、
僅か2歳の嫡男亀千代が4代藩主となります。
※後の4代藩主伊達綱村
幼い藩主の就任により伊達騒動が発生し、
仙台藩は改易の危機となりますが、
綱宗はこれに関わらずに隠居生活を楽しみ、
和歌書画蒔絵刀剣等の諸芸に没頭。
風流人として50年の余生を過ごしました。

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