市街から国道9号線で北東に行った阿東は、
日本におけるリンゴの最南端の特産地。
青森や長野で栽培される印象がありますが、
阿東は標高250~300mもあり、
冬の気温は-10℃にもなります。
そういう気候が栽培に適しているらしく、
国道沿いには直売所などが立ち並び、
アップルパイなんかも売られていて、
9号線を通るとつい車を止めてしまいます。
現在日本で主に栽培されているリンゴは、
セイヨウリンゴと呼ばれるもので、
幕末に松平春嶽が入手したのが最初とも、
加賀藩がアメリカより入手して、
板橋で栽培したのが最初ともされています。
それ以前から日本にあったリンゴは、
ワリンゴと呼ばれた小さなもので、
平安時代には栽培されていたという。
今はかなり数を減らしますが、
少量ながらも栽培がされているという。
それはさておき、
国道9号線から県道11号線を萩に進むと、
途中に生雲という集落があります。
そこは萩と岩国を結ぶ山代街道の要所で、
諸隊のひとつ南園隊が駐屯していました。
山口市阿東生雲周辺。
赤丸の辺りが南園隊の駐屯地跡。
「南園隊駐屯地跡」。
梨園の入口にあります。
冒頭でリンゴの説明して梨園も難ですが、
実際に梨園なので仕方ない。
南園隊は長州藩士佐々木男也が組織し、
はじめ八重垣隊を称しましたが、
萩城の南園に駐屯したので南園隊と改称。
諸隊のひとつとして内訌戦を戦い、
ここに駐屯して石州戦争に備えました。
南園隊は全6小隊225名の大所帯で、
石州戦争では大村益次郎の指揮下に入り、
石州口の主力として活躍。
ミニエー銃を装備して散兵戦術を駆使し、
福山藩、浜田藩等の幕軍を撃破しています。
ここに演習場や兵舎、弾薬庫があったようで、
想像するに散兵戦術やミニエー銃の扱いは、
この地で訓練されたと思われます。
全くなんら遺構の無い場所ですが、
その演習風景などを想像すると、
なんだかワクワクしてしまいますね。
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