清水の湧水は昭和の名水百選。
シラス台地の急崖下からの清冽な湧水で、
1日に約6000tの水が湧き出ています。
古来より飲料水や生活用水に使用され、
水田の農業用水にもなっており、
上水道の水源として約3800世帯に、
清水を供給しているとのこと。
「清水の湧水」。… 続きを読む
鹿児島県南九州市 清水の湧水
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清水の湧水は昭和の名水百選。
シラス台地の急崖下からの清冽な湧水で、
1日に約6000tの水が湧き出ています。
古来より飲料水や生活用水に使用され、
水田の農業用水にもなっており、
上水道の水源として約3800世帯に、
清水を供給しているとのこと。
「清水の湧水」。… 続きを読む
知覧は鎌倉時代より佐多家及び、
知覧島津家が治めた地で、
外城として知覧麓が整備されており、
御仮屋跡を中心とした武家屋敷群は、
重要伝統的建造物群保存地区となっています。
「知覧御仮屋跡… 続きを読む
南九州市知覧にある知覧島津家の墓所。
知覧島津家は旧姓を佐多氏とし、
島津宗家4代当主島津忠宗の三男忠光が、
大隅国肝属郡佐多を与えられ、
佐多忠光を名乗った事に始まります。
後に16代佐多久逵が島津家庶流として、
嫡流のみ島津姓名乗りを許されました。… 続きを読む
別府城跡と新城跡の2つの山城跡の谷間に、
薩摩藩外城のひとつ加世田麓がありました。
防御上で有利な地形であった為、
比較的に中央から離れていながら、
重要な拠点であったようです。
島津宗家9代島津忠国は鹿児島を追放され、
加世田を隠居地… 続きを読む
竹田神社の南側に島津尚久の墓があります。
尚久は島津忠良の三男に生まれ、
7歳で初陣を飾った後には、
数々の戦に参加して手柄を立てたとされ、
薩摩の海賊衆(倭寇)を束ねていたという。
「島津尚久墓」。
宮之城島津家初代当主島津尚久の墓。
兄の… 続きを読む
島津中興の祖とされる島津忠良。
宗家14代島津忠兼(勝久)に国政を委任され、
長子の島津貴久を忠兼の養嫡子に譲り、
後に貴久と共に薩摩を統一。
その後も多くの仁政を敷いて国を富ませ、
島津家発展に大きく貢献させました。
「常潤院跡」。
隠居後の忠良は加世田に移り住み、
この地にあった… 続きを読む
島津宗家9代当主島津忠国の墓が、
鹿児島県南さつま市加世田地区にあります。
忠国は次男島津立久に追放され、
晩年は加世田に移住していたようですが、
琉球へ渡ろうと坊津に赴きますが、
渡航前に68歳で死去したという。
「六角堂公園」。
忠国の遺骸は加世田に送られ、… 続きを読む