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つづき。
「妙法 本徳院殿良山日種大居士」。
5代当主水野忠昭の墓。
忠昭は分家の水野重矩の三男で、
4代水野重期の養子となって家督を相続。
35年の当主在任の後に死去しました。
「妙法 本立院殿義道日成大居士… 続きを読む
和歌山県新宮市 新宮水野家墓所②
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奥の院墓地にある島原藩松平家の墓所。
島原藩の藩主家である深溝松平家は、
松平忠定が三河国額田郡の深溝城主となり、
分家を興したことに始まります。
4代当主松平家忠は酒井忠次配下で活躍し、
徳川家康の関東移封… 続きを読む
奥の院墓地にある結城秀康の霊廟。
結城秀康は徳川家康の次男でしたが、
冷遇されていたとされており、
後に豊臣秀吉の養子として出され、
更に結城家へ養子に出されています。
関ケ原の戦いでは上杉家の抑えとなり、
その功で… 続きを読む
奥の院墓地にある広島藩浅野家の墓所。
浅野家は土岐光衡の次男浅野光時を祖とし、
尾張国丹羽郡浅野荘を本拠としました。
13代当主浅野長勝は織田信長に仕え、
早くから羽柴秀吉の配下となっており、… 続きを読む
奥の院墓地にある前田利長の墓所。
利長は前田利家と正室まつの長男で、
加賀藩の初代藩主でした。
「瑞龍院殿前従三位黄門
聖山英賢大居士一周忌秡苦與樂」。
加賀藩初代藩主前田利長の墓。
利家の死後に五大老となった利長は、
家康の勧めに乗って… 続きを読む
奥の院墓地にある八戸藩南部家の墓所。
盛岡藩2代南部重直が継嗣なく死去した為、
幕府の裁定により10万石の所領は、
五弟の南部重信に8万石、
七男の南部直房に2万石に分けられます。
これにより直房は八戸藩を立藩しており、
江戸時代を通じて八戸を治めました。
大きな… 続きを読む