佐賀藩」タグアーカイブ

佐賀県佐賀市 慈音院/村田鍋島家墓所

神代家7代当主神代直長の娘成姫は、
佐賀藩2代藩主鍋島光茂の養女となった後、
白石鍋島家2代鍋島直堯に嫁ぎますが、
難産で継嗣千太郎を産んだ際に死去。
※後の白石鍋島家3代鍋島直愈続きを読む

佐賀県佐賀市 松陰寺/神代家墓所

松陰寺佐賀藩初代鍋島勝茂の娘で、
神代家5代当主神代常利の正室性空院が、
先祖の菩提を弔う為に創建した寺院。
往時は鈴隈山に位置していたようで、
豪華な堂塔で威勢を誇っていましたが、
明治維新後に寺領を失った事や、
数度の火災に見舞われた事から廃退し、… 続きを読む

佐賀県佐賀市 葉隠発祥の地

弘学館中学校及び高等学校の南側に、
葉隠発祥の地と称される場所があります。

葉隠佐賀藩士山本常朝の口述を、
同藩士田代陣基がまとめたもので、
武士としての心得を説いた筆録。
武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と、
過激な一節で知られていますが、
それ程過激なものでもありません。
とはいえ… 続きを読む

佐賀県三養基郡 中原宿跡

中原宿長崎街道の9番目の宿場町。
御親類であった白石鍋島家の所領で、
始めは間宿だったようですが、
江戸時代後期には本宿となっています。


みやき町簑原周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが中原宿跡。

西側から散策。

西木戸口跡」。… 続きを読む

長崎県諫早市 天祐寺/諫早家墓所

天祐寺は諫早市にある曹洞宗の寺院。
行基がこの地に渡来して創建したとされ、
永正~大永年間に(1504-1528)頃に、
当時の諫早領主西郷石見守尚善が、
春岡揚富を肥前の保福寺より招き、
自ら中興開基として天祐寺と称しました。
後に西郷家は竜造寺家に亡ぼされますが、
諫早家の菩提所と定められて隆盛し、
現在に至っています。… 続きを読む

佐賀県武雄市 円応寺/武雄鍋島家東墓所

以前訪問した円応寺でしたが、
武雄鍋島家の墓所が2ヶ所と知らず、
西墓所のみを訪問して、
東墓所には訪問していなかったので、
再度改めて訪問致しました。
佐賀県武雄市 円応寺/武雄鍋島家西墓所


アーチ形石門」。
円応寺の中門にあたる石製の門。
この門をくぐらずに右手の道を進むと、
武雄鍋島家の東墓地に到着します。


武雄鍋島家東墓地続きを読む

佐賀県杵島郡 小田宿跡

小田宿長崎街道の宿場町。
西側は小田宿を過ぎた焼米追分から、
本道の塚崎道と脇道の塩田道に分かれ、
東側は朝鍋追分多良街道に分岐。
この為に交通の要所となっていました。


江北町上小田周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが小田宿跡。… 続きを読む