福岡県」カテゴリーアーカイブ

福岡県宗像市 五卿西遷之遺跡

長州より海を越えて九州に入った三条実美五卿は、
赤間宿の御茶屋(本陣)に25日間滞在しています。

赤間宿では福岡藩家老加藤司書が出迎えたのですが、
加藤は帯刀し、御茶屋には竹矢来が組まれていました。
※囚人が逃げないようにする柵。
貴人にとって礼節を欠いた行為に五卿らは憤慨し、
薩摩藩に不満の手紙を出します。
これを読んだ… 続きを読む

福岡県宗像市 早川勇顕彰碑

宗像市役所 吉武地区コミュニティ・センターの手前に、
早川勇の顕彰碑があります。


維新之志士 早川勇顕彰碑」。
早川は遠賀郡の農家に生まれ、
月形洗蔵の叔父である月形春耕に学び、
福岡藩医板垣養永に医学を、
洗蔵の父月形深蔵に儒学を学びました。… 続きを読む

福岡県宮若市 犬鳴御別館跡

海岸線に所領がある諸藩の多くが、海側に築城していますが、
これはとても理に適っていました。
海運という非常に迅速な交通・運搬の行える交通手段が使え、
内陸の領地から米や物産をを使って、
下流の城に運びこむ事も出来ます。
流通が便利だということは財政を大きく左右しますので、
必然的に海側に城が集まってくることになる。

また防備の面においても海に面していると非常に有利で、
海が天然の巨大な堀の役目を果たしますので、
海側に兵を裂かなくても良いという利点もあります。

福岡城もそういった城のひとつで、
筑前入府の際に… 続きを読む

福岡県福岡市 明光寺(野村望東尼墓所)

女流勤皇詩人野村望東尼は、
福岡藩の尊攘派弾圧事件「乙丑の獄」により、
糸島に流刑となっていたところを、
高杉晋作の指揮により救われ、
下関の白石正一郎宅に匿われました。

労咳の晋作を看取り、以後は三田尻に滞在しますが、
長州の戦勝祈願のため断食を行ったのが祟り、
慶応3年11月に亡くなっています。

亡骸は桑山に葬られていましたが、
明治26年に… 続きを読む

福岡県朝倉市 古心寺(秋月藩黒田家墓所)

古心寺は、秋月藩黒田家の菩提寺。
秋月藩初代藩主黒田長興が、
父の菩提を弔うために建立されたもので、
廃藩置県後に黒田家の庇護を離れたために、
本堂を甘木の光照寺へ移し、山門を弥永の浄光寺に移して、
長政(長興とも)の数奇屋を本堂としています。


朝倉市秋月周辺(古心寺の場所)


「… 続きを読む