愛媛県宇和島市 高野長英の隠れ家

戊戌夢物語で幕府の対外批判を行った高野長英は、
渡辺崋山らとともに蛮社の獄で捕えられますが、
牢屋敷の火災で放たれて脱獄し、
硝酸で顔を焼いて人相を変えて逃亡生活を送った末に、
二宮敬作を頼り、二宮の推挙で宇和島に移ります。

宇和島藩主伊達宗城は高野を庇護し、
兵法書などの翻訳や、兵備の洋式化、
砲台の建設に従事させました。


瑞皐高野長英先生居住之地」。
高野長英が宇和島在住の際に住んだ家で、
明治後期に建て替えられたもの。
長年「高野長英の隠れ家」として伝えられてきましたが、
老朽化して荒廃してしまっていた為、
宇和島市が平成23年に復元しています。

宇和島藩に匿われた高野長英でしたが、
幕吏に宇和島滞在が露見したという情報がもたらされ、
わずか1年弱で宇和島を去る事になりました。
高野は宇和島を出た後、卯之町の二宮敬作宅の離れに潜伏
その後、江戸に戻って潜伏しますが、町奉行所捕方に捕縛され、
その時の負傷が元で絶命しています。

■関連記事■
愛媛県西予市 卯之町①(二宮敬作関連史跡)
 二宮敬作は幕吏に追われた高野長英を匿っています。
大分県日田市 咸宜園跡
 高野長英は咸宜園の廣瀬淡窓門下。
千葉県佐倉市 宗圓寺(佐藤泰然墓所)
 佐倉順天堂の佐藤泰然は、高野長英に師事しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。