広島県福山市 鞆の浦①

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夏休みも終わり観光地も落ち着いたし、気候的にもすごしやすくなったので、
ちょっとどこかに家族旅行でも行こうと計画しました。

もちろん僕は幕末史跡があるような場所が良いのですが、
家族旅行なので嫁さんも楽しめるような場所を設定しなければなりません。
そこで決めたのが「鞆の浦」です。
「鞆の浦」はTBSドラマ「流星ワゴン」の舞台になった場所でもあり、
宮崎駿が「崖の上のポニョ」のヒントを得た場所。
そして、ここは「いろは丸沈没事件」の交渉が行われた場所でもあります。
宿泊するホテルで荷物を降ろして、早速探索開始。
まずは龍馬と紀州藩が交渉を行った「対潮楼」へ行ってみます。


ホテルから「対潮楼」に行く途中にあった「龍馬観音」。
仙酔島への定期船「平成いろは丸」の発着場の向いにありました。


福禅寺(対潮楼)」。
対潮楼は福禅寺の客殿で、朝鮮通信使のための迎賓館として使用されてます。
1711年に従事官の李邦彦が客殿からの眺望を
日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」と賞賛しました。


内部は朝鮮通信使の資料や展示品が置かれていましたが、
その辺はあんまり興味ないのでスルー。


ここが「日東第一形勝」です。たしかに絶景ですね。


サザエさんも来たようです。


みよちゃんも絶景をバックにポーズを決めます。


例のウソ八百のフルベッキ写真が飾られていました。
加治将一のトンデモ本「幕末維新の暗号」も売られています。
どちらかというと龍馬を貶めてる本なのですが、ここの人達は読んでるんですかねぇ?


何故かみよちゃんがセクシーポーズを決めたので、ご紹介します。

~いろは丸沈没事件の概要~
慶応3年4月23日23時頃、長崎港から大坂に向かっていたいろは丸と、
長崎港に向かっていた紀州藩の軍艦明光丸が、備中国笠岡諸島の六島付近で衝突。
いろは丸は大破し自力航行不能となってしまい、
明光丸により曳航されて鞆の浦に修理に向かう途中で沈没しました。
いろは丸に搭乗していた坂本龍馬はじめ海援隊士は、
明光丸に乗り移ったあと鞆の浦に上陸。
龍馬は鞆の浦に4日間滞在し賠償交渉を行ったが、交渉は決裂。
長崎奉行所土佐藩を巻き込んで紀州藩と争います。
いろは丸には銃火器3万5630両金塊4万7896両198文を積んでいたと主張し、
万国公法を持ち出し紀州藩側の過失を追及します。
事故から1か月後に紀州藩が折れ、賠償金8万3526両198文を支払う事で決着。
賠償金はその後、7万両に減額され長崎で支払われました。

次回に続きます。
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■関連記事■
愛媛県大洲市 寿永寺と曹渓禅院
 いろは丸は大洲藩より海援隊に貸出されたもの 。
和歌山県和歌山市 和歌山城
 いろは丸と衝突した明光丸は紀州藩船籍のもの。
下関市中之町 引接寺~伊藤家・入江家墓所
 朝鮮通信使は下関でも宿泊しました。

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