長門市 大寧寺

大寧護国禅寺は、湯本温泉近くにある曹洞宗の寺院。
守護大名大内義隆が家臣の陶隆房の謀反に遭い、
山口を脱出してこの寺に逃れ、自刃した寺として有名です。
陶軍の攻撃により寺院は焼失しますが、
その後は毛利家の庇護を受け再建しました。


大寧護国禅寺本堂」。
再建された本堂は、寛永17年に再び野火によって焼失。
その時に焼け残った僧の寄宿寮が、現在の本堂だそうです。


姿見の池」。
大内義隆は境内に入る前に乱れた髪を整えようと、
参道脇の岩に兜を掛けて、そばの池で顔を映そうとしました。
しかし水面に映るはずの自分の姿が映らなかった事から自分の運命を悟り、
本堂に入って自刃したそうです。
写真のすぐ左に「かぶと掛けの岩」あるのですが、
「姿見の池」と一緒に撮ったつもりが入ってなかった・・・。


大内義隆主従の墓所」。
本堂の裏に自刃した大内義隆とその家臣達の墓所があります。


毛利家重臣墓所群」。
僕がここを訪れたのはこれが目当て。
重臣達の墓が一か所に集中する珍しい墓所。
かつてこの墓地の頂上部に、毛利元就第三継窒(東大方)、
毛利秀就長女(登佐子)、毛利綱広長女(ヨシ子)の墓があったことから、
重臣達がここにこぞって分骨して墓を建てたそうです。


急な斜面に並ぶ墓石達・・。寄組大組の藩士達の名前が見られます。
山内家、国司家、児玉家、榎本家、乃美家、宍戸家、堅田家、和智家、
大和家、天野家、李家家、志道家、飯田家、桂家、赤川家etc・・・。
おお!wikipediaの「長州藩の家臣団」のページにある名前がズラリ!!

・・・でも、幕末の人物はいませんねぇ・・。
江戸時代中期の人が多いかな?

三十二代益田玄蕃元宣・益田越中守親興・三十三代益田右衛門介親施」墓。
永代家老家の須佐益田家もここに分骨墓を建てています。
須佐の墓所に最近行ったばかりですが(記事はこちら)、
ここの墓地の代々当主の墓も一人一人大きなものでした。
ですが、32代33代は合同墓で、
33代は言わずと知れた三家老の一人益田親施
益田越中守親興は親施の実兄で、
若くして亡くなった為に親施が家督を相続しました。
幕末の人物としては、この墓くらいですね。

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