坂本龍馬手帳摘要を読んでみる⑤

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つづき。

6月朔日 桜艦に乗船。
※桜島丸(ユニオン号)。
是より先29日両氏を訪問。
※西郷吉之助の事。
時に西曰く、
 近日西より来客がある。その時には、
 桂より来書があるだろう。
 その儀に曰く両国論を合せて云々と。
 この国に来るなら詳しく話したい。
 使いを以ってでは伝わり難いので、
 その客に一名を付けて送ろうと思う。

 と。
 船買主与三郎
 請人 小曽根英四郎
 周旋 多賀なり。
 ※船買主は鳴海屋与三郎で、
  証人は小曾根乾堂の弟英四郎、

  周旋は多賀松太郎(高松太郎)。
  
22日 プロイセン商人チョルチーニに面会。
船買入及び商法を談ずる。
大洲藩いろは丸の件でしょう

23日 船の見分。
この日夷人よりも奉行へ引合い。
藩邸留守居役と談ず。

24日朝 留守居役汾陽五郎右衛門を訪ねる。
※汾陽は後に西南戦争に参加しており、
 第三大隊第二小隊長として戦い、

 城山の戦いで戦死しています。

25日朝五時頃 
亜商呉半三郎証文案紙を取替わす。

26日
27日
28日 船を受取る。
  3両2歩也。
   坂本龍馬 寺内新右門 多賀松太郎
   菅野覚兵衛 白峯駿馬 陸奥元次郎
   関 雄之助
  右は当月何月分慥に頂戴仕候。以上。
             関 雄之助印
     寅何月何日
印鑑 関雄之助
右は印鑑を以て坂、寺、多賀、菅、白、陸、
関の七人之分、
毎月3日に一人当り3両2歩宛頂戴仕候。以上。
              寅十月三日
大洲イロハ丸
船将 国島六左衛門・・・
※以下風邪薬やらワイルウェフ号遭難やら、
 色々と書かれていましたが、
 纏められないので割愛致します。


以上が「坂本龍馬手帳摘要」でした。
龍馬らしさなのかなんなのか不明ですが、
読んでて凄く判り辛かったです。
そういうわけで今回は特に誤訳が不安。
間違ってたら指摘してくださいませ。

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