斗南藩」タグアーカイブ

青森県八戸市 館鼻公園と中野優子の墓

館鼻八戸港から出航する廻船漁船の為に、
天候や風向、潮の様子をみる場所で、
八戸藩川口奉行所近くの浜に隣接した丘陵でした。

安政元年には海岸防備の為に台場が造営され、
大砲が設置されていたそうです。… 続きを読む

青森県むつ市 斗南藩史跡③

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斗南藩史跡地」というよくわからない史跡があります。

むつ市街から県道6号線を東へ向かいます。

斗南藩史跡地」。
意味の分からない名称が付けられいますが、
斗南ヶ丘市街地跡」との事。
斗南藩は開拓の拠点としてここを整備し、
斗南ヶ丘と名付けた場所で、… 続きを読む

青森県むつ市 斗南藩史跡②

/②/

移住した旧会津藩士らは、円通寺を仮藩庁と定めます。
円通寺は恐山菩提寺の本坊という由緒のある寺院。


円通寺」。
斗南藩の逼迫した財政では、
陣屋を建てる事ができなかったのでしょうか?
もちろん仮館となっていますので、
正式な陣屋も建てる予定だったのでしょうが、
結局は廃藩置県まで間に合わなかったようですね。
松平容保続きを読む

青森県むつ市 斗南藩史跡①

①//

会津戦争終結後、謹慎を経て会津松平家復興が許され、
陸奥国東部(北郡、三戸郡、五戸郡)に立藩したのが斗南藩

立藩にあたり、旧領の猪苗代旧盛岡領の選択を許され、
家臣らの激論の末に後者に決定されました。
同じ3万石ならば、土地が広い方が開墾できるという事と、
海に面して貿易に有利な事を考慮されたようです。

藩名を「… 続きを読む

福岡県京都郡 甲塚墓地(萱野権兵衛の次男郡長正の墓)

萱野権兵衛は、会津戦争の責任で自刃した会津藩家老。
権兵衛自刃後、萱野家の家名は断絶し、
家族は祖先の使った(こおり)姓を名乗ってます。
会津藩は斗南に転封となり斗南藩を立藩。
極寒の過酷な状況の中、藩を運営していました。
幕長戦争で長州藩と戦った小倉藩は、
小倉城を自焼することになり、香春藩を立藩。… 続きを読む