松下村塾」タグアーカイブ

東京都世田谷区 世田谷松陰神社(・・え?祭り?)

東京に行きました。
といっても出張で福島県郡山市に行く途中に・・。
北九州から飛行機で羽田まで行って、
東京駅東北新幹線に乗り換えます。
せっかく東京に寄ったんだから、
どこか幕末史跡に行かねばならぬ!
やはり松陰神社ではなかろうかと経路を調べると、
羽田から世田谷区は東京駅とは反対の方向なんですね。… 続きを読む

萩市須佐 育英館跡

須佐の郷校「育英館」は、益田家27代当主益田元道が開いた郷校。
益田家家臣の子弟教育の為の学校でした。

吉田松陰が33代当主益田親施山鹿流兵学の師であったことから、
松下村塾との交流があり、塾生交換が行われたました。

育英館から下記の塾生が松下村塾で学んでいます。… 続きを読む

吉田稔麿

吉田松陰門下の三秀又は、松門四天王の一人である吉田稔麿について。

この人は、池田屋事件新選組に殺されたことで有名ですが、
どんな人だったかは、あまり知られてません。
萩の吉田稔麿の誕生地の石碑は、「吉田稔丸誕生地」と書かれていて、
名前さえ間違えられています。
※名前については「 稔丸 続きを読む

「五稜郭を落した男」秋山香乃

連戦連勝の指揮官であった山田顕義
彼が山田市之允と呼ばれていた頃のお話です。
物語は、吉田松陰久坂玄瑞高杉晋作という長州のスターとも言える人物を軸に、
松下村塾の若輩者の山田市之允の戦いを描きます。

秋山香乃は初めて読みました。
どちらかというと、新撰組関連の作品を多く書かれているようですね。… 続きを読む

入江九一

吉田松陰門下の四天王の最後の一人。入江九一について

この人は、四天王と云われながら、吉田稔麿と同様に肖像が残されていません。
明13年出版の「近世遺勲高名像伝」に微妙な絵が残されているだけですね。

四天王の中でも認知度は低い方で、キリスト教の四大天使でいえば、
ウリエルといったところでしょう(他はミカエル、ガブリエル、ラファエル)。
・・・わかり辛いですね。

この人は、四天王の中で一番の年上です。
松下村塾の「暴れ牛」晋作は、一度怒り出したら誰もなだめることができません。
これを鎮めることができるのは、師匠の松蔭とこの九一のみでした。… 続きを読む