大村宿は長崎街道の20番目の宿場で、
玖島城城下の北側に置かれていました。
大村市本町周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが大村宿跡。
「大村宿跡」。
大村宿の中心の本町はアーケード街。
立派なアーケードですが中は閑散として、
シャッター商店街となってる模様です。
時代なので仕方ありませんが、
地方の商店街はどこもこんな感じですね。
「本陣跡」。
鯨長者と知られた深澤家の屋敷跡。
代々本陣として利用されました。
初代当主深澤儀太夫勝清は、
武雄の潮見城主渋江氏の一族で、
中尾次郎左衛門と称していましたが、
武者修行で訪れた紀州太地浦で、
鯨漁に魅せられてその技術を学びます。
3年の修行の後に帰郷して、
藩に鯨組の創設と願って許され、
九州鯨漁の草分け的存在となっており、
創業以来毎年豊漁が続き、
全国指折りの長者となったという。
その莫大な財産を寺社修復、新田開発、
堤の造成に投資したようで、
その功績から藩主より深澤を賜り、
義太夫と名乗りました。
アーケードはシャッター商店街。
かつて賑わった宿場の面影は皆無です。
■長崎街道の宿場町
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