兵庫県姫路市 六騎塚


延元元年(1336)に足利尊氏は、
九州から大軍を率い東上。
これを児嶋範長が迎え撃ちますが、
戦いに敗れて最後には主従6騎となり、
阿弥陀宿の辻堂で自害しました。
※阿弥陀宿は旧山陽道の宿場。

この6騎を弔う為に建立された塚が、
西国街道沿いに建てられています。

備後守兒嶋君墓」。
6騎の主従が自害した場所で、
嘉永3年に和田清左衛門が建立しています。
この人物はどういう人か不明ですが、
たぶん近隣の豪商ではないでしょうか?

安政2年に清河八郎は母を連れ、
西国旅行を行っています。
その際にここを訪れた事が、
旅日記西遊草に記されているようです。

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