■久保田新田藩■
久保田藩3代藩主佐竹義処が、
実弟佐竹義長に蔵米2000石を与え、
久保田新田藩として立藩。
宗家からの蔵米支給で成り立っていた為、
本藩との結びつきは強かったようです。
維新後は8代佐竹義諶が初めて国入りし、
椿台陣屋を構えることになりますが、
建設中に戊辰戦争が発生し、
椿台周辺は激戦地となりました。
この為に戦後の明治2年に岩崎に移転し、
周辺の領地を久保田藩から与えられ、
岩崎陣屋を構えています。
久保田新田藩上屋敷は浅草鳥越。
浅草橋2丁目9~11、15~16及び、
18と19の南半分辺りです。
浅草鳥越に居住していた為に、
久保田藩から[鳥越様]と呼ばれました。
「東都浅草繪圖(一部)」。
中央左寄りの「佐竹左近将監」が上屋敷。
左側に[佐竹次郎]と書かれていますが、
これは久保田藩の中屋敷で、
その敷地の一部が屋敷となったようです。
盛岡新田藩上屋敷跡/久保田新田藩上屋敷跡
広島新田藩上屋敷跡/土佐新田藩上屋敷跡
小倉新田藩上屋敷跡/椎の木屋敷跡
熊本新田藩上屋敷跡
※実際にはまだ訪問していませんが、
何れも遺構等は残っていない模様。
近くに行った際には写真を撮って、
順次掲載はするつもりです。
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