美保関は古くからの海上交通の要所で、
風待ちの港として栄えた港町。
大陸との交易の拠点でもあり、
たたら製鉄で造られた鉄が積み出され、
更に美穂神社の門前町でもあり、
室町時代には幕府直轄領になりました。
江戸時代には北前船の寄港地となり、
多くの廻船問屋が軒を連ねています。
「艮門」。
美穂神社一ノ鳥居と二ノ鳥居の間の艮門。
萬来深謝の提灯が下げられています。
ここから青石畳通りへ。
「青石畳通り」。
天然石が敷き詰めた通りで、
雨に濡れると石が青く光るとのこと。
雨男気味でよく雨に降られますが、
訪問時は曇りで雨は降らずでした。
「美保館(右)」、
「和泉屋(左)」。
双方国登録有形文化財の旅館。
美保館の創業家定秀家は平安末期より、
貿易を行っていたとされます。
江戸時代には廻船問屋、船宿、両替商、
造酒屋、塩屋、油屋と手広く商売し、
明治になって本格旅館美保館を創業。
数多くの文人墨客が訪れたという。
和泉屋は泉州との商取引の独占権を有し、
泉州、雲州の廻船の定宿でもありました。
現在は一日一組貸切の宿とのこと。
青石畳通りを過ぎても町並みは続き、
更に独特な雰囲気を醸し出しています。
「島屋跡地」。
小泉八雲が3度も宿泊した島屋の跡地。
明治24年、25年、29年の夏に、
八雲は美保関を訪れています。
その際に1回目は島屋に宿泊し、
2度目は福間屋に滞在した後に島屋に宿泊。
3度目も島屋に1ヶ月滞在したという。
彼はたぶん鄙びた宿が好みと思います。
海辺に青柴垣神事に使用する船が置いてます。
青柴垣神事は美保神社の神事で、
断食して神がかった状態の頭屋夫婦2組が、
青柴垣で飾ったこの2艘の船に乗り込み、
湾内を一周した後に美保神社に参します。
これは毎年4月7日行われているとのこと。
「神光照海常夜灯」。
防波堤に建てられた常夜灯。
昭和3年建立のものですが、
相当な補強がされているようです。
海側を歩いて戻る。
先程の美保館の海側。
現在は築港されていますが、
往時はすぐ海だったと思われます。
「弁天波止場の常夜灯」。
こちらは新しいもので平成23年再建のもの。
最初は天保13年に建立されたようで、
後の明治3年に再建されましたが、
老朽化した為に建て直されたとのこと。
今回は米子に宿泊していて、
美保関には車で訪問。
そういう訳で短い滞在時間でしたが、
わざわざ来た甲斐がありました。
今度は泊まってみたいですね。
■港町
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