高瀬の米蔵(御蔵)の横には隣接して、
熊本藩の御茶屋が設置されていました。
藩主の領内巡視の際の休憩や宿泊の他に、
賓客や藩士の宿泊に利用されており、
堀に囲まれて17部屋もあったとされますが、
明治10年の西南戦争の高瀬の戦いで、
戦火により焼失しています。
「高瀬御茶屋跡」。
高瀬御蔵跡の北側が高瀬御茶屋跡。
平成17年の調査で古井戸の付近から、
丸瓦を使用した排水管が発見されたようで、
これは井戸から汲んだ余りの水を、
排水するためのものだったとのこと。
明治10年の焼失後は整地されたようで、
その際に埋められた焼けた瓦が、
敷地西側から大量に出土しました。
跡地には鉄道が貫通している為、
遺構は殆ど残っていないようです。
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