岸和田宿は紀州街道の宿場で、
岸和田城の城下に置かれていました。
岸和田市本町周辺。緑の線が紀州街道で、
青くぼかした辺りが岸和田宿跡。
南より散策。
「岸和田宿跡」。
光明寺を過ぎた辺りからが岸和田宿。
古い町屋が多く残っています。
「一里塚弁財天(本町一里塚跡)」。
一里塚に植えられていた松の根元に、
江戸時代初期より小祠が祀られており、
これを天保7年(1836)に社殿を建立して、
弁財天として祀ったもの。
中央付近は特に宿場の面影を残しています、
「久住家(旧塩屋平衛門宅)」。
吉田松陰が滞在した町屋。
嘉永6年2月23日に松陰は森田節斎と共に、
岸和田宿を訪れています。
藩校講習館の藩儒相馬久方を訪ね、
時勢や詩文について語り明かしたようで、
翌3月3日まで滞在したようです。
「内町御門跡(枡形)」。
更に進むと枡形になっていますが、
ここには内町御門があったとされます。
「堺口御門跡(枡形)」。
130m程度行くと更に枡形となっており、
この辺りに堺口御門があったようです。
更に60m程度進むと大通りとなり、
信号を渡って欄干橋へ。
「欄干橋(船津橋)」。
古城川に架かる石橋でしたが、
いつの頃からか欄干橋と呼ばれたという。
現在は鉄筋コンクリート製となっています。
■紀州街道の宿場町
■関連記事■
・大阪府岸和田市 岸和田城
岸和田藩岡部家の居城跡。
・大阪府泉南市 信達宿跡
紀州街道の宿場町。
