奥の院墓地にある岡山藩池田家の墓所。
岡山藩は31万5000石の大藩ですが、
ごく普通の位牌型の墓碑となっています。
他藩は巨大な五輪塔を建立していますが、
そんな事は気にも留めていない様子。
その割に墓域にはスペースがありました。
右から、
「曹源寺殿湛然徳峯大居士」、
「榮光院殿浄林妙清大姉」、
「保國院殿鐵叟空山大居大禅定門」、
「真証院殿願譽心行西岳大信女」、
「壽國院殿豐山延祥大居士」。
2代藩主池田綱政の墓、綱政側室榮光院の墓、
3代藩主池田継政の墓、綱政正室真証院の墓、
4代藩主池田宗政の墓。
2代綱政は初代岡山藩主池田光政の嫡男。
父の死去に伴い家督を相続し、
新田開発や閑谷学校の整備、後楽園築造等、
領内の発展に尽力しています。
3代継政は2代綱政の十七男でしたが、
兄らの多くが早逝してしまった為、
継嗣となって父の死去に伴い家督を相続。
善政を敷いた名君とされており、
周辺諸藩で一揆が頻発した際も、
岡山藩では起こらなかったようです。
仙台藩5代伊達吉村の次女村子を娶りますが、
後に幕府や仙台藩に報告もなく離縁。
この為に仙台藩との関係は悪化し、
継政に対する悪い噂も広まりました。
文人として優れた人物でもあったようで、
能楽や絵画に才能を発揮しており、
「画人大名」とも称されています。
4代宗政は3代継政の長男で村子の子。
幼少期より聡明を謳われていたようで、
水戸藩5代徳川宗翰、加賀藩6代前田宗辰、
松江藩6代松平宗衍と共に四君子と称され、
父の隠居に伴って家督を継ぎましたが、
僅か12年の治世で病死しています。
■関連記事■
・兵庫県姫路市 随願寺/池田輝政供養塔
初代当主池田輝政の供養塔。
・岡山県岡山市 曹源寺/正覚谷池田家墓所
岡山藩池田家の歴代墓所のひとつ。
・岡山県岡山市 岡山城
岡山藩池田宗家の居城跡。
・和歌山県伊都郡 高野山奥の院墓地
弘法大師の御廟参道にある巨大な墓地。
