この歳にもなりますと、
クリスマスはプレゼントをあげる日なだけ。
若い頃は色恋事もありましたが、
それは遠い昔の事です。
日本人はお祭り騒ぎの大好きな民族でして、
神でも仏でもなんだかオメデタイものには、
皆で騒いでしまおうという習性があります。
大半は救世主の誕生を祝うわけではない。
ただクリスマスだ~と浮かれているだけ。
キリストの降誕日とは知ってるでしょうが、
ハロウィンが何の日か知ってる人は?
※ちなみにハロウィンという祭りは、
キリスト教のお祭りではありません。
でもそれが日本人なんだと思います。
広く浅~く神を敬うのが日本人。
自分は無神論者と言われる方も、
結構多くいるわけですが、
あなた達は無神論者ではありません。
実際は無宗教なだけ。
真の無神論者は倫理観・道徳観が無く、
言葉を選ばなければならず者です。
神社仏閣へ行っても手も合わせませんし、
もちろん初詣も行きません。
おみくじも引かないし、
星占いも信じないし夜のお墓も怖くない。
人が死んでも何とも思わず、
パワースポットに行っても何も感じない。
何かが後ろにいるような気もしたことないし、
バチも当たったことが無い。
上記全てが当てはまる人が無神論者です。
何か未知なるものを感じる事が出来る人は、
日本の神(カミ)を感じる事が出来る人。
無神論者ではありません。
なのでクリスマスに日本人が大騒ぎする事は、
日本人らしいということなので、
これは良しとしましょう。
幕末とクリスマスを繋ぐ何か探しましたが、
大してありませんでした・・。
無理やりコジツケるとすれば、
安政元年11月4日。
安政東海地震による津波によって、
露艦ディアナ号が沈没していますが、
この安政元年11月4日は、
西暦でいえば1854年12月23日。
クリスマスイブの1日前なんですね。
ディアナ号は竜骨の一部がもぎとられ、
舵を失い船倉に穴が開いて海水が溢れ、
食糧も軍用物資などもずぶぬれ。
毎分50cmで浸水していた為、
露水兵は交代で水を外に出していました。
全くクリスマスどころではありません。
津波がなければディアナ号の船中で、
救世主の誕生を祝っていた事でしょう。
あまり素敵な話でなくて申し訳ありません。
初代米国総領事タウンゼント・ハリスは、
大変に敬虔なプロテスタントで、
生涯独身、童貞を貫いたほどの信徒。
彼にはクリスマスは最大の祝節なのですが、
聖夜をずっと異国の地で迎えています。
1849年のクリスマスは北太平洋航海中で、
1850年のクリスマスはマニラで、
1851年のクリスマスはプロ・ペナンで、
1852年のクリスマスはシンガポールで、
1853年のクリスマスは香港で、
1854年のクリスマスはカルカッタで、
1855年のクリスマスはセイロンで、
1856年(安政3年)以降のクリスマスは、
日本で迎えます。
その後の1862年(文久2年)に帰国。
故郷でのクリスマスを祝うことができました。
今日はクリスマスイブ。
なんだかオメデタイので騒ぎましょうか?
メリークリスマス!!
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