【幕末維新の話】」カテゴリーアーカイブ

吉田松陰は単なるテロリストに過ぎない!・・で?

吉田松陰は単なるテロリストに過ぎない!
松陰について批判するページをよく見かけます。

そうですね。
テロリストと呼べるかもしれません。
【テロリスト】はテロリズムをする人ですが、
【テロリズム】は政治的目的を達成するために、
暗殺・暴行・粛清・破壊活動など、
直接的な暴力やその脅威に訴える主義の事です。

松陰はおろか高杉晋作ら他の志士もそうですし、
佐幕派である新撰組もそうでしょうね。
ちなみに反体制をテロリズムと思いがちですが、
体制側の暴力もテロリズムと呼びます。… 続きを読む

襲ったのは外国船だけではなかった②/長崎丸事件

/②/

文久3年5月10日からの攘夷攻撃では、
関門海峡を通行する外国船だけでなく、
日本国籍の船にも攻撃を加えています。

藩兵に船籍を見分ける知識はなかったので、
とにかく通行する洋式船を攻撃した様です。
勿論北前船などの日本船とわかる船は、… 続きを読む

襲ったのは外国船だけではなかった①/朝陽丸事件

①//

下関攘夷戦は外国船砲撃だけではなく、
結構メチャメチャやってたりします。

文久3年5月10日
田ノ浦沖停泊のペンブローク号を発見。
翌日の午前2時頃に砲撃を開始します。
ペンブローク号は周防灘へ逃走しました。

5月23日。… 続きを読む

高杉晋作の命日

4月14日は高杉晋作の命日
僕は今年も出張です。

4月14日は旧暦で実際に晋作が亡くなったのは、
西暦1867年7月17日です。

この一年後の1868年5月17日には、
新撰組局長の近藤勇が斬首されています。

それから3年後の1871年5月17日には、
晋作の主君毛利敬親が亡くなっています。

意外な共通点ですね。

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烈婦登波と吉田松陰

江戸時代は現在とは違った価値観で、
賞賛される事柄が違っていました。
現代は人の役に立つ事をした人や、
人の命を助けた人らを賞賛しますが、
昔は忠義の賞賛が多かったようです。
忠臣蔵なんてその典型。
現代でも縁起が良い夢として、
「一富士、二鷹、三なすび」と云いますが、
実はこれは有名な仇討ちにちなんだもの。


①「曾我兄弟の仇討」=… 続きを読む