僧侶」タグアーカイブ

鹿児島県鹿児島市 西郷蘇生の家

安政の大獄で追われた月照は、
京都を脱出して大坂に潜伏。
更に老中間部詮勝の上洛に先立ち、
西郷隆盛と共に薩摩へ移ります。
しかし薩摩藩は月照保護を拒否し、
月照を[日向国送り続きを読む

和歌山県和歌山市 法福寺/北畠道龍墓所

法福寺は和歌山市和歌浦にある寺で、
宗派は真宗本願寺派
この寺院の幕末期の住職北畑道龍は、
僧侶ながら民兵集団法福寺隊を組織し、
和歌山藩兵と共に活躍。
維新後は北畠講法学舎を設立する等、
教法家、教育者として活躍しました。


「… 続きを読む

福岡県北九州市 僧清虚の墓

清虚国東半島伊美村に生まれ、
太兵衛という指物師であったという。
ある日、草相撲で友人と対戦しますが、
打ち所が悪かったのか死なせてしまい、
これを悔やんで供養の為に各地を巡礼。
後に仏門に入って清虚と名乗りました。
清虚は高野山で修行を行おうと、
下関続きを読む

福岡県北九州市 部埼灯台

英国技術者リチャード・ブラントンは、
明治初期の日本に多くの灯台を建てており、
下関にも六連灯台角島灯台等、
現存する石造りの灯台を建てています。
そのブラントンが建てたという灯台が、
門司部埼に現存しているというので、… 続きを読む

下関市豊浦町 虚無僧墓

川棚川を遡った上流付近に虚無僧墓があります。
天保年間頃に一人の虚無僧が住み着いて、
尺八を吹く以外は酒ばかり飲んでいたという。
そんな虚無僧を村人達は敬遠していましたが、
ある日、村娘が山賊に襲われた際には、
その虚無僧が奮起して娘を無事に救い出し、
村人に感謝されたようです。
ところが後の弘化3年(1846)9月15日の朝、
頭を抱えて唸っていた虚無僧は、
川棚川の河原に走り出したかと思うと、
大きな岩に頭を二度三度ぶつけて倒れ、… 続きを読む