町田梅之進は長州藩士町田昭明の長男で、
下関攘夷戦では先鋒隊として出陣。
長州内訌戦では鎮静会議員として周旋し、
幕長戦争では芸州口に出陣して戦いました。
戊辰戦争では千城隊書記兼… 続きを読む
山口県萩市 町田梅之進自刃之地
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町田梅之進は長州藩士町田昭明の長男で、
下関攘夷戦では先鋒隊として出陣。
長州内訌戦では鎮静会議員として周旋し、
幕長戦争では芸州口に出陣して戦いました。
戊辰戦争では千城隊書記兼… 続きを読む
万部島の南側には万部島招魂場があり、
佐賀の乱戦死者212名が祀られています。
この招魂場は官軍のものではなく、
敗れ去った憂国党及び征韓党のもの。
「万部島招魂場」。
大正9年に設置された招魂場。
彼らへの祭祀は許されませんでしたが、
政府… 続きを読む
官軍墓地のある乾亨院には、
その相手方の朝倉尚武の墓もあります。
官軍の墓と背中合わせとなっていますが、
その配置は偶然とは思えません。
「朝倉尚武之墓」。
征韓党の参謀長朝倉尚武の墓。
朝倉尚武は藩校弘道館で学び、
兵学… 続きを読む
乾亨院は佐賀城跡南東にある臨済宗寺院。
永正年間(1504-1521)の創建で、
龍蔵寺家兼の開基で天亨和尚が開山しました。
ここに佐賀の乱で戦死した陸軍将兵が埋葬され、
巨大な墓碑が3基建てられています。
「乾亨院」。… 続きを読む
佐賀城西御門橋に島義勇の銅像があります。
島義勇は佐賀七賢人のひとりで、
北海道開拓の父とも称される人物。
佐賀士族を見下す岩村高俊に激怒し、
江藤新平と共に佐賀の乱を起こして、
これに敗れて処刑されています。
「島義勇之像」。… 続きを読む
願正寺は呉服元町にある真宗本願寺派寺院。
関ケ原の戦いで鍋島勝茂は西軍に加わり、
伏見城や阿濃津城を攻撃。
しかし本戦で東軍が勝利した為、
小城の出身だった金持院… 続きを読む
下岩官軍墓地は玉名郡和水町にある官修墳墓。
明治10年3月3日~4月2日の山鹿口の戦いで、
戦死及び戦病死した官軍将兵が眠ります。
「下岩官軍墓地」。
官軍本営が一時置かれた光行寺の隣にあり、
134基の墓碑が整然と並んでいます。
全国各地の各鎮台に所属し、
鍋田… 続きを読む