百舌鳥耳原北陵は堺市にある前方後円墳で、
18代反正天皇の治定地となっています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。
古代はロマンだと思っていますので、
信憑性なんて全く考えていません(笑)。
百舌鳥耳原北陵(反正天皇陵)の周辺。
「百舌鳥耳原北陵… 続きを読む
大阪府堺市 百舌鳥耳原北陵
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百舌鳥耳原北陵は堺市にある前方後円墳で、
18代反正天皇の治定地となっています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。
古代はロマンだと思っていますので、
信憑性なんて全く考えていません(笑)。
百舌鳥耳原北陵(反正天皇陵)の周辺。
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百舌鳥耳原中陵は16代仁徳天皇の御陵で、
百舌鳥古墳群を構成する前方後円墳のひとつ。
大仙陵古墳とも呼ばれています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。
古代はロマンだと思っていますので、
信憑性なんて全く考えていません(笑)。… 続きを読む
百舌鳥陵墓参考地は堺市にある前方後円墳で、
15代応神天皇の陵墓参考地となっており、
一般には御廟山古墳と呼ばれています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。
古代はロマン… 続きを読む
百舌鳥耳原南陵は17代履中天皇の御陵で、
百舌鳥古墳群を構成する前方後円墳のひとつ。
上石津ミサンザイ古墳、石津ヶ丘古墳、
百舌鳥陵山古墳とも呼ばれています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。… 続きを読む
国生みを終えた伊邪那岐命と伊邪那美命は、
更に多くの神々を生み出しますが、
火の神軻遇突智を生んだ際に火傷を負い、
それが原因で亡くなってしまいます。
伊邪那岐命は伊邪那美命の遺骸を、
出雲国と伯耆国の境にある比婆山に埋葬。… 続きを読む
元暦2年/寿永4年(1185)の壇ノ浦の戦いで、
源氏と平家は最後の戦いを行い、
平家は滅亡して海の藻屑となっています。
敗北が決定的となった際に二位尼は、
※平清盛の継室で安徳天皇の外祖母。
宝剣と神璽を抱えて入水。
按察使局伊勢が… 続きを読む
吾平山上陵は鸕鶿草葺不合尊の皇族陵で、
宮内庁によりその治定地とされています。
鸕鶿草葺不合尊は神武天皇の父で、
彦火火出見尊と豊玉姫命の子。
西州之宮という場所で崩御し、
吾平山上陵に埋葬されたと伝わるのみで、… 続きを読む