早岐瀬戸は大村湾と佐世保湾を繋ぐ瀬戸で、
南北に約11kmの水路が伸びています。
「早岐瀬戸」。
水路の幅は平均125mと狭く、
水深も4m程度で大型船舶は航行不可能。
江戸時代に平戸藩の干拓事業で、
水路幅が均等化されたという。
南端にはハウステンボスがあり、
そのコンセプトにマッチして、… 続きを読む
長崎県佐世保市 潮ノ目
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早岐瀬戸は大村湾と佐世保湾を繋ぐ瀬戸で、
南北に約11kmの水路が伸びています。
「早岐瀬戸」。
水路の幅は平均125mと狭く、
水深も4m程度で大型船舶は航行不可能。
江戸時代に平戸藩の干拓事業で、
水路幅が均等化されたという。
南端にはハウステンボスがあり、
そのコンセプトにマッチして、… 続きを読む
早岐宿は平戸往還の宿場町で、
有田街道との分岐点でもありました。
承応2年(1653)に干拓工事で開かれ、
鉤形(枡形)を配した町割りが作られて、
駅宿を形成したようです。
また早岐瀬戸が佐世保湾と大村湾を繋ぎ、
その海運の要所としても栄えたようで、
多くの物産品が売買されたという。
佐世保市早岐周辺。緑の線が街道筋で、… 続きを読む
かつて平戸松浦家と大村家が、
勢力を争って戦を繰り広げていましたが、
お互いが平和的に境界を決定すべく、
天正14年(1586)に和議を行う事となり、
双方の代表者が舳ノ峰峠で落ち合い、
境界を決める会談を行いました。
そこで大村側は早岐までの領有を主張し、
松浦側は川棚までの領有を主張した為、… 続きを読む
平戸往還は平戸藩主松浦家の参勤交代や、
長崎警備の際に使用された街道。
佐世保市江迎町周辺。緑の線が街道筋。
青でぼかした辺りが江迎宿跡。
平戸往還は平戸城の対岸日の浦から、
江迎、佐々、早岐を経て、
彼杵… 続きを読む