清末地区の西側の阿内地区の八幡宮に、
清末陣屋の表門が移築されています。
「阿内八幡宮」。
平安時代初期の貞勧2年(860)に、
宇佐八幡宮より勧請したとされ、
仲哀天皇の禊の地… 続きを読む
「八幡神」タグアーカイブ
下関市清末 清末八幡宮(再訪)
清末八幡宮は建武2年(1635)に、
宇佐八幡宮より勧請されて創建されますが、
その後は長らく荒廃していた為、
清末藩の初代藩主毛利元知が再建し、
藩の守護神として祀っていました。
現在の社殿は8代藩主毛利元純によって、
整えられたものです。
「清末八幡宮」。
御祭神は仲哀天皇、… 続きを読む
山口県宇部市 岡崎八幡宮
岡崎八幡宮は船木の産土神。
船木は神功皇后が三韓征伐の際、
この地に生えていた楠の大木を斬り倒し、
48艘の軍船を造らせたとされ、
この事から船木という地名になったという。
その後、光仁天皇… 続きを読む
下関市中之町 亀山八幡宮車参道鳥居
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現在の亀山八幡宮の大鳥居は、
昭和8年に建てられたもので、
幕末当時のものではありません。
幕末当時の大鳥居は建て替えの際、
裏手に移築されて現在も残っています。
「車参道鳥居」。
亀山八幡宮北側の車参道の鳥居で、
江戸、明治期の大鳥居であったもの。
つまり、攘夷戦で欧米諸国が見ていたり、
幕末の志士が参拝の際にくぐった鳥居は、
この鳥居ということになります。
元治元年に撮影された… 続きを読む
山口美祢市 八幡磨能峰宮
美祢市の中央部北側。
下領という場所にある八幡磨能峰宮に、
池田屋事件の殉難者広岡波秀の碑があります。
美祢市大嶺町周辺(八幡磨能峰宮の場所)
「八幡磨能峰宮」。
通称は下領八幡宮。
社伝によると創建は孝霊天皇の時代とされ、
紀元前200年代という事になります。
当初は… 続きを読む