東京都北区 近藤勇墓所

JR板橋駅東口を出てすぐの場所に、
近藤勇墓所があります。


近藤勇墓所」。
流山で捕縛された近藤は、板橋の総督府に送られ、
元新選組隊士加納鷲雄に近藤勇であると断定され、
板橋刑場で斬首されました。
首級は首実験の後に京都に運ばれて晒され、
胴体は刑場に埋葬されました。


近藤勇宜昌 土方歳三義豊之墓」。
元新選組二番隊組長永倉新八が発起人となり、
明治9年に建立された墓碑。
正面に近藤、土方の名が刻まれた他、
両側面に新選組隊士達の名も刻まれており、
新選組諸隊士の慰霊碑となっています。


新選組永倉新八墓」。
発起人である永倉の墓も建てられています。
これは昭和4年に長男永倉義太郎が建立したもの。


史跡」碑と「近藤勇像」。
昭和4年の墓所整備工事の際に建てられた記念碑と、
平成13年の近藤勇133回忌記念に建立された銅像。


近藤勇埋葬当初の墓石」。
斬首後に胴体を埋葬した際に置かれた墓石。
意外と立派だなと感じました。
これより粗末な墓石の志士の墓も結構あります。

近藤勇が斬首された翌々日。
甥の近藤勇五郎、兄の宮川音五郎ら7人は、
刑場に埋葬された胴体を掘り起こし、
宮川家の菩提寺龍源寺に埋葬しました。

この板橋の近藤勇墓所では、
近藤の命日には毎年慰霊祭が行われ、
関係者の他、多くの新選組ファンが集まるようです。

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