百舌鳥耳原中陵は16代仁徳天皇の御陵で、
百舌鳥古墳群を構成する前方後円墳のひとつ。
大仙陵古墳とも呼ばれています。
※古墳の被葬者は正確には不明ですが、
当ブログでは宮内庁の治定に従います。
古代はロマンだと思っていますので、
信憑性なんて全く考えていません(笑)。
百舌鳥耳原中陵(仁徳天皇陵)の周辺。
「百舌鳥耳原中陵(大仙陵古墳)」。
日本最大の古墳で世界最大級の墳墓。
※クフ王のピラミッドと始皇帝陵が同等。
つい先程2つの御陵を訪問しましたが、
それらに比べても段違いの巨大さです。
その巨大さもさることながら、
特筆するべきは三重の周濠が掘られている事。
他の御陵にも三重の周濠はあるようですが、
しっかり復元されているのはここだけです。
「外濠」。
拝所の参道より望む。
前面の短い方でこれ程の長さ。
側面はもっと長い訳です。
「中濠」。
なんだか城跡を訪問したような感じ。
実際に籠城(籠墳?)しても防御力高そう。
「拝所」。
拝所は内濠の手前に設置されています。
これ以上は侵入出来ませんので、
内濠は見ることは出来ません。
仁徳天皇は15代応神天皇の第四皇子。
皇太子菟道稚郎子の薨去に伴い、
16代天皇に即位しました。
即位すると難波高津宮に宮殿を移転し、
翌年に磐之媛を皇后としています。
都から炊煙が上っていないことに気付き、
民の困窮を憂いて3年間租税を免除し、
倹約に努めて屋根の葺替えもしませんでした。
租税再開後は大規模な灌漑工事を実施し、
農地を広げて仁政に尽くしています。
即位67年に百舌鳥耳原を陵墓地と定め、
即位87年に83歳(110歳)で崩御。
陵墓の造営中に鹿が走り込んできて絶命し、
その鹿の耳の中からモズが出て来た事から、
地名を「百舌鳥耳原」としたとのこと。
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