伊庭八郎の征西日記⑥

つづき。
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3月10日。
朝、島田氏の所に行って馳走になった。
九ッ半時帰宅。夕方に柴原武雄殿が久々にやって来て、
夕食を食べて帰った。
※前日の内容とは打って変わって、
 通常の日記に戻っています。

3月11日。
朝、稽古に行く。父上は当番。
昼食後に忠助三吉嵐山に行く。
大塚運八が来る。
※呼び捨ての忠助、三吉は誰?
 まさか彼らも弟だったりして・・。

3月12日。
朝、柴原武雄殿と稽古に行く。
昼後に不破氏が二羽の鶏を持ってくる。
氏と忠内氏がやって来たので、宿で夕飯を食べた。
夕方、刀屋が来た。
戸田榮之助の門人と試合する。
※戸田榮之助は、直心影流道場を開いていた剣術家で、
 戸田一心斎として知られています。
 最後に書かれていますが、

 朝の稽古の際に試合したのでしょう。
 最後に「そういえは、試合したなぁ」と、

 思い出した様に書かれています。

 去る14日
 横浜鎖港の件がうまくいっていないようなので、
 一橋中納言がお尋ねになり、
 鎖港の担当者がこれを説明したようだ。
 別紙に書いてある通り、成功に尽力せよとの御沙汰。
 横浜鎖港の件は、必ず成功させるようにし、
 また諸国の兵備を充実し、外国に舐められぬ様にせよとの事。
 全国の守衛を固め、差し当たっては攝海の要港の防備が急務で、
 迅速に対応し人々の不安を取り除いて、攘夷を遂行せよとの事。
 右は一橋候が天子様の御意志をつまびらかにせよと言った件。
※1日飛ばしたのかと思ったら、先月の話のようです。
 いきなり真面目になるので、読んでて焦ります(笑)。
 
一橋慶喜の話ですね。

3月13日。
朝、浅香氏と筒井氏と一緒に五条坂に陶器を買いに行き、
帰り道に建仁寺を見物。
昼後、今堀氏、伊庭七兵衛殿が来る。
砂糖漬けを持ってきたので酒を出す。
夕方当番に出勤。

3月14日。
明け方帰宅。その後稽古に出かける。
水谷虎之助殿に久々に出会った。
昼後まで話して銭屋にてを三分二朱で買う。
雲上明鑑の代金を昨日までに1朱と百文払い、
今日は三分の一を払う。御手当金14両2分2朱。
わらじを40文で買う。
父上の方も同様の御手当を貰ったようだ。
中根氏が来て、御城でを失くして難儀した話を聞く。
ドジョウ代124文、先日の魚代250文
※水谷虎之助は練武館の門弟で、
 後に龍野藩心形刀流を教えています。
 この日は
家計簿のような感じになっていますね。
 鍵を失くしたおっちょこちょいの中根氏は、
 後にこの日記を世に出した伊庭の友である
中根淑

3月15日。
朝、稽古に出かけ、昼時に帰宅。
三郎亥三郎と共に鍔を買いに行き、
浅香氏に本を買って帰る。父上は御稽古に出勤して、
夕方にお帰りになり風呂に行った。
鏔三郎殿、虎蔵殿が来る。
父上は泊り番で、中間が今日も迎えに来た。
名を重助という。
※三郎ばっかりでややこしい。夷三郎も弟?
 何故か中間の名を記載しています。

3月16日。
明け方より、御室八十八ヶ所御室仁和寺桜を見物。
四ッ時頃帰宅。
市橋信一郎殿が講武所詰並に仰せ付けられ、
同族の傳七郎殿が使者をもって知らせに来た。
稽古に出席し、昼時に帰宅。
今日は御扶持が渡されるので、
父上、戸田氏、中根氏は、
加藤氏の所へ行った。柴原氏が来る。
戸田氏の宅に風呂に入りに行く。
今日は槍術方の御上覧があった。
御扶持は30日分で金5両3分2朱。
三枝氏が菓子と鮎を持って来る。
御室にてお茶代24銅を払う。
※ちょっと前にお手当金を貰っていますが、今度は御扶持。
 お手当金は臨時収入で、御扶持は給料でしょう。
 最後に御室の御茶代に触れていますが、
 日記の傾向として、最後に思い出した事を書くようですね。

つづく。

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