三家老」タグアーカイブ

萩市須佐 三蔭山神社

三蔭山神社は、萩市須佐にある招魂社で、
はじめ三蔭山招魂場として当地に建立されました。


萩市須佐周辺(三蔭山神社の場所)


三蔭山神社への階段。
他の招魂場と同じく小高い場所にあります。
三蔭山という山は、元々浄土院山と呼ばれており、
招魂場の建立の際に名称を変更されました。
神社を建てる場所が、仏教的な浄土院山では、
よろしくないということでしょうか。


三蔭山神社境内」。
あれ?ネットで調べたような場所じゃない??
長屋門のような横長の拝殿があったはず。… 続きを読む

宇部市 国司家居館跡

万倉領主国司家の屋敷跡が奥万倉伊佐地にあります。


国司家居館跡
領主の館らしい立派な石垣ですね。
建物は残されていませんが、
なんとなくお屋敷だった雰囲気が感じられます。


屋敷の敷地内に案内板がありますが、
かすれててほとんど読めません・・。


贈正四位国司信濃御館址」碑。
この碑を建てたのは… 続きを読む

宇部市 天龍寺(国司家墓所)

宇部市万倉にある天龍寺に、国司親相の墓所があります。


天龍寺本堂」。
天龍寺は万倉領主国司家の菩提寺。
本堂は最近の建物のようです。


国司家墓所」。
七代、十代、十二代~二十一代までの国司家当主の墓所。
七代国司元相は130余の首級を挙げた槍の名手ですが、
どれが元相の墓石かわかりませんでした。
二十一代が国司親相です。… 続きを読む

宇部市 万倉護国神社

禁門の変の責任を取って自刃した三家老の一人国司親相
彼を祀る万倉護国神社に行ってきました。


万倉護国神社」。
慶応より長州藩内で設置された招魂場のひとつとして、
禁門の変の責で自刃した領主国司親相と、
禁門の変や幕長戦争続きを読む

萩市須佐 益田家墓所

益田家は長州藩の永代家老家で、
長州の北東端にある須佐を所領としていました。
益田家は鎌倉時代より島根県益田市一円を本拠としていますが、
主家の減封によって代々受け継いできた所領を手放します。

益田の隣である須佐が所領とされたのは偶然?
それとも、いつの日にか本拠を取り戻そうとしていたのか?
とにかく益田家は、江戸時代を通じて須佐の領主でした。

益田家が転封する以前は、一寒村であった須佐でしたが、
益田家20代当主… 続きを読む