御許山騒動」タグアーカイブ

大分県日田市 日田代官所跡

九州の幕府天領16万2000石は、
西国筋郡代によって治められていました。
幕領にはそれぞれ代官が置かれたのですが、
関東美濃飛騨西国筋の大規模領には、
代官より身分や格式の高い郡代が置かれます。

郡代は文字通り「郡レベル石高を支配する代官」の事で、… 続きを読む

大分県宇佐市 四日市代官所陣屋跡

豊前四日市中津藩小笠原家の所領でしたが、
3代藩主小笠原長胤の悪政をみかねた幕府は、
中津藩小笠原家を改易に処し、
本家の小倉藩小笠原家預かりに処します。
しかし「祖先の勤労」に免じて断絶は免れ、
長胤の弟小笠原長円に半知で再興させました。

没収された中津藩領は天領となり、
代官所が置かれて陣屋が築かれています。… 続きを読む

大分県宇佐市 佐田秀の歌碑と墓所

代官所を襲って討幕の挙兵をしながらも、
味方に討たれた悲劇の志士佐田秀(ひずる)。
その佐田秀の歌碑と墓所が、
宇佐市安心院町内川野及び古川にあります。


安心院町県道716号線周辺
(a佐田秀歌碑,b佐田秀墓所)

まずは歌碑から。

佐田秀歌碑」。
佐田秀は志士でありながら歌人としても優れ、… 続きを読む