浜田藩」タグアーカイブ

浜田城自焼後の浜田藩②

つづき。
/②//

7月19日。
長州藩軍が総軍浜田城下に入る。
浜田藩の退去に伴い貧困層による略奪が起こり、
城下は混乱を極めています。

7月20日。
浜田藩領に隣接する大森銀山(石見銀山)では、
代官鍋田三郎衛門が… 続きを読む

島根県浜田市 観音寺(岸静江墓所)

岸静江国治大村益次郎率いる長州軍に対し、
扇原関所で惟一人で立ちはだかった勇士。
津和野藩との藩境でを守護した岸静江は、
圧倒的兵力で迫る長州軍に対し、
部下を逃がした後で一人で関門を死守します。
そして長州軍の銃撃に倒れました。
この岸の無謀ともいえる行動が、
部下の命と浜田藩の名誉を守り、
敵の長州軍からも称えられ後世に名を残し、
益田市や浜田市では神楽の演目にもなり、
遺品なども大切に保管されています。

墓所は扇原関所跡の近くにあるのですが、
もうひとつ浜田市の… 続きを読む

島根県邑智郡 三坂峠(お蓮勘兵衛悲恋の墓)

安政4年。
日米和親条約を修補する下田条約が結ばれ、
安政の改革を主導した老中阿部正弘が死去し、
幕府が将軍継嗣問題でゆれています。

そんな中、浜田藩でひとつの悲恋劇がありました。

浜田藩同心某の妻お蓮は、使用人… 続きを読む

「浜田城炎ゆ 長州戦争と松平武聰」小寺雅夫

浜田城炎ゆ 長州戦争と松平武聰」という本を読みました。
浜田藩といえば、石州戦争大村益次郎率いる長州勢に攻められ、
城を自焼して退却し、自領が長州藩に占領された悲劇の藩です。

石州戦争は大村益次郎が総司令官として指揮し、
その戦いぶりだけがクローズアップされていますが、
やはり敗者にも物語があります。
筆者の小寺雅夫は、浜田市出身の作家。
浜田に関する本を多く書いておられます。
下関で言えば古川薫続きを読む