黒田家」タグアーカイブ

福岡県宮若市 犬鳴御別館跡

海岸線に所領がある諸藩の多くが、海側に築城していますが、
これはとても理に適っていました。
海運という非常に迅速な交通・運搬の行える交通手段が使え、
内陸の領地から米や物産をを使って、
下流の城に運びこむ事も出来ます。
流通が便利だということは財政を大きく左右しますので、
必然的に海側に城が集まってくることになる。

また防備の面においても海に面していると非常に有利で、
海が天然の巨大な堀の役目を果たしますので、
海側に兵を裂かなくても良いという利点もあります。

福岡城もそういった城のひとつで、
筑前入府の際に… 続きを読む

福岡県朝倉市 古心寺(秋月藩黒田家墓所)

古心寺は、秋月藩黒田家の菩提寺。
秋月藩初代藩主黒田長興が、
父の菩提を弔うために建立されたもので、
廃藩置県後に黒田家の庇護を離れたために、
本堂を甘木の光照寺へ移し、山門を弥永の浄光寺に移して、
長政(長興とも)の数奇屋を本堂としています。


朝倉市秋月周辺(古心寺の場所)


「… 続きを読む

福岡県朝倉市 秋月陣屋跡

秋月藩福岡藩の支藩で、黒田長政の三男黒田長興が、
5万石を分知されて立藩した藩。

秋月藩は維新後の士族反乱「秋月の乱」で知られ、
また「最後の仇討ち」の臼井六郎もこの藩出身でした。
(記事はこちら)… 続きを読む

福岡県福岡市 福岡城跡

黒田家以前の筑前国の旧領主小早川秀秋の居城は、
博多湾に突き出した丘陵に築かれた名島城でした。
名島は立地的に城下町整備の余裕が無かった為、
黒田長政は福崎に新しく居城を建設する事にします。

福崎を黒田家ゆかりの地である備前国福岡にちなみ、
築城の際に地名を「福岡」に改めました。
福岡の地は博多続きを読む

福岡県福岡市 崇福寺(福岡藩主黒田家墓所)

※2020/02/04 画像の一部差し換え。

崇福寺は元々大宰府にあった臨済宗の寺院で、
黒田長政関ヶ原の戦いの功績により、
筑前国52万石を与えられた際に移転しました。
以後、福岡藩主黒田家の菩提寺として、
福岡藩の庇護を受けて隆盛したようです。

維新後、廃仏毀釈運動の煽りで荒廃していたのを、
明治28年に渡辺玄外和尚が住職となり復興。
その後の… 続きを読む