文久3年4月3日。
当時軍艦奉行であった勝海舟は、
海岸砲台検分の為に紀州藩を来訪。
加太~和歌浦の海岸沿いの砲台を、
約30ヶ所も検分しています。
この検分の拠点となったのが、
両替商を営む清水平右衛門邸とのこと。
「勝海舟寓居地」。
ファミリーショップクイノセ前にある碑。
但しここは清水邸の正確な場所ではなく、
ここより西側の市堀川沿いでしたが、
碑を建てる適当な場所が無かった為、
店舗の角を提供してもらったようです。
坂本龍馬も勝の門弟として同行し、
共に海岸砲台検分に参加。
ある日、龍馬が清水邸で風呂に入ると、
風呂桶の輪が切れてしまい、
湯が流れ出てしまったようで、
清水邸の皆が大騒ぎしている中で、
龍馬は裸のまま突っ立っていたらしく、
皆が大笑いした逸話があるとのこと。
■関連記事■
・和歌山県和歌山市 雑賀崎台場跡
紀州藩が海防の為に設置した台場跡。
・広島県福山市 鞆の浦①/②/③/④
後に龍馬は紀州藩と争っています。