東京都台東区 谷中霊園/新井忠雄墓所

新選組/御陵衛士 新井忠雄の墓。


従六位勲五等新井一業
      妻小静之墓
」。
新井忠雄は磐城平藩の出身で、
元治元年頃に新選組に入隊したとされます。
大酒飲みの酒豪であったとされ、
隊では撃剣師範監察を務めており、
三条制札事件では泥酔で戦闘したという。
参謀の伊東甲子太郎と懇意となり、
伊東と共に新選組を離れ御陵衛士を結成。
油小路事件で伊東や同志が討たれた際は、
同志募集に出掛け不在中であったようで、
知らずに屯所の月真院へ戻ろうとしますが、
乞食に変装した妻小静に事件を聞かされ、
薩摩藩邸に逃げ込んで難を逃れました。
慶応4年の鳥羽伏見の戦いの後は、
相楽総三らと赤報隊を結成。
赤報隊が偽官軍とされた際は、
帰還命令に従い投獄されています。
許された後は新政府軍として新潟で戦い、
戦後は司法省に出仕し、
後に刑部省の官僚となったという。
明治24年、死去。

墓所は谷中霊園乙3号7側

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