熊本県玉名市 高瀬官軍墓地

明治10年2月下旬より高瀬から田原坂付近で、
西郷軍政府軍との間で激しい戦闘が行われ、
両軍に多くの死傷者が出ています。
この戦いで数千人の戦死者を出した政府軍は、
熊本県内21ヶ所に官軍墓地を設置しており、
高瀬にもその官軍墓地が建てられました。
この墓地には田原坂の戦い吉次峠の戦いで、
負傷して野戦病院に運ばれながら、
治療の甲斐なく死亡した兵士らが葬られ、
395基の墓碑が建てられていたという。


高瀬官軍墓地」。
昭和38年に遺骨が集められて改葬され、
合祀碑が建てられています。
その跡地に保育園が建てられましたが、
平成4年になって保育園は解体。
以降は広場となっていたようですが、
平成24年に発掘調査が行われた際、
改葬されなかった人骨が見つかりました。
この為に市の史跡に指定されたようで、
その利用方法が模索されているとのこと。


高瀬官軍墓地合祀塔」。
戦死者が改葬‣合祀された合祀塔
保育園があった時期からあったもので、
往時は園児を見守っていたようです。

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