成道寺は熊本市西区花園にある臨済宗寺院。
応永33年(1426)に創建された修行道場で、
豪族菊池氏によって庇護されていましたが、
その衰退によって荒廃しています。
後に加藤清正によって復興されており、
細川家が熊本藩主となってからも、
寺領を与えられて庇護されたようで、
重臣澤村家の菩提寺にもなりました。
澤村家からは毎年米30石が寄進され、
江戸時代を通じて隆盛したようです。
「成道寺」。
事前情報では美しい庭園のある古刹で、
訪問を期待していたのですが、
行ってみると寺は荒れ果てていました。
庭園は崩れ、水は道に流れ、
堂宇は崩れかけている有様。
熊本地震の影響と思われますが、
9年経っても全くの手つかずのようです。
「成道寺墓地」。
本堂裏手の墓地も酷い有様で、
墓石は崩れて土砂で覆われ、
雑草も生え放題となっていました。
訪問後にネットで調べてみましたが、
成道寺の被災の情報は全くありません。
「澤村家墓所」。
墓地の一番高い位置にある澤村家墓所。
倒壊は免れたようですが、
雑草の覆われて被葬者の判別は出来ません。
「澤村大学墓(左)」。
初代当主澤村大学吉重の墓及びその妻の墓。
小牧長久手、小田原征伐、朝鮮出兵と、
槍働きで出世した叩き上げの細川家家臣で、
皆朱の槍を徳川家康にも許された強者。
島原の乱にも78歳で参加しており、
若い将兵の士気を鼓舞したとされています。
吉重には嫡子がいなかったようで、
家老一座松井家より澤村友好を養子に迎え、
家督を相続して熊本藩の家老を務め、
1万1000石の知行地を拝領。
家格は上卿三家(松井、有吉、米田)に次ぎ、
歴代当主は代々家老を務めました。
「澤村友義之墓」。
澤村家11代当主澤村友義の墓。
9代当主澤村友貞の子で、
10代当主である兄澤村友正の養子となり、
その家督を継いだ幕末期の当主。
詳しい経歴はよくわかりません。
このような残状ながらネットに情報はなく、
殆どの人は知らないのではないでしょうか?
日本各地には他にも同様の場所がありますが、
このまま荒廃させるべきではありません。
復興にはお金も人手も必要ですし、
文化財よりも人命や財産が先でしょう。
出来ればそれらが落ち着いてからでも、
何らかの対策を考えて頂きたいものですね。
■関連記事■
・熊本県八代市 春光寺/松井家墓所(旧廟)
熊本藩家老一座松井家の墓所。
・熊本県熊本市 見性寺/米田家墓所
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・熊本県熊本市 峰雲院/有吉家墓所
熊本藩家老三座有吉家の墓所。
