せっかく鞆の浦に来たのですから、
「保命酒」を買わない訳にはいきません。
現在は4つの蔵元のみ醸造しているらしく、
今回はそのひとつ保命酒屋(鞆酒造)で、
「十六味保命酒」を購入しました。
「保命酒屋」。
「ウチの保命酒は開けなかったら100年、
開けても30年持つよ~」と、
お店の人の台詞に惹かれ購入しました。
実際そんなに持つかどうか知りませんが、
飲んでみると健康によさそうな味です。
「十六味保命酒」。
冬にはお湯割りで飲むと体が温まり、
夏に飲むと夏バテ予防に効果があるという。
その他、疲労、冷え症、頻尿、尿減少、
しびれ、かすみ目の効能があるらしい。
「保命酒」は大坂の漢方医中村吉兵衛が、
承応2年(1653)の洪水で家財を失い、
明暦元年(1655)より鞆の浦に移住して、
家伝の薬法から製造した薬酒。
江戸期は中村家のみが「保命酒」を販売し、
福山藩からも保護されて隆盛しました。
製造法は門外不出としていたようですが、
明治維新後に藩の保護が無くなった為、
各蔵元もこれを真似て「保命酒」を造り、
周辺に競合業者が増えてしまいます。
※今回買った保命酒屋は中でも最も古く、
明治12年創業とのこと。
そこで中村家は郵船業、養豚、清酒醸造等、
多角化経営に移行していましたが、
財源が安定せずに倒産してしました。
「太田家住宅(旧中村家住宅)」。
中村家の巨大な屋敷は現存していますが、
倒産時に廻船業者の太田家がこれを購入し、
太田家住宅の名称になっています。
この屋敷には七卿落ちの際に七卿が滞在し、
後に京都に戻る五卿も滞在しています。
※七卿のうち錦小路頼徳は長州で病死し、
澤宣嘉は生野の変参加で離脱。
保命酒は公家、武士、豪商等に愛飲されて、
鞆の浦の特産品として重宝されました。
朝鮮通信使やカピタンにも振舞われ、
幕末にはペリーやハリスも飲んでおり、
慶応3年のパリ万博でも出品されています。
現在は今回買った保命酒屋の他、
岡本亀八郎本店、入江富三郎本店、
八田保命酒舗の3件が製造。
他に保命酒や酒粕を用いたスイーツ等、
派生製品も売られているようです。
この記事は鞆の浦の記事を再編集したもの。
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