山家藩初代藩主谷衛友は、
天正10年に山家に封じられた際、
甲ヶ峰山頂に山城を築城しましたが、
江戸時代に入って山頂部を廃し、
山麓に陣屋を構え山家藩の藩庁とし、
以後は江戸時代を通じて13代続きました。
「表御門」。
陣屋跡は現在山家城址公園となっており、
公園内には梅や桜が植えられて、… 続きを読む
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京都府綾部市 覚応寺/山家藩谷家墓所
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山家藩谷家の大祖谷衛好は斎藤道三に仕え、
斎藤家が滅びると織田信長に仕えました。
始め谷野を称して谷に改めていますが、
いつ頃改称したのかはわかりません。
羽柴秀吉の与力として三木合戦に参加し、
毛利勢の猛攻を受けて衛好は討死。
子の… 続きを読む
兵庫県明石市 明石城跡②
兵庫県明石市 明石城跡①
兵庫県小野市 光明寺/小野藩一柳家墓所
小野藩一柳家の菩提寺光明寺は、
鎌倉時代後期に建立された臨済宗の寺。
一柳家が小野を藩庁に定めて以降、
藩主一族の位牌が置かれています。
「光明寺」。
一柳家の歴代墓所は江戸の祥雲寺。
外様藩は自領に墓所を設けていましたが、
小野藩は墓所を設置していませんでした。
※外様諸藩は藩主が江戸で死去しても、… 続きを読む
兵庫県小野市 小野陣屋跡
豊臣秀吉の黄衣母衆であった一柳直末は、
各地を転戦して武功を挙げ、
田中吉政、中村一氏、堀尾吉晴、
山内一豊らと共に、
豊臣秀次の宿老に任命されていましたが、
小田原征伐の際に流れ弾を受けて戦死。
一柳家は弟の… 続きを読む
兵庫県加東市 三草陣屋跡
三草藩の藩主家は一色丹羽家。
丹羽家といえば丹羽長秀を連想しますが、
三草藩丹羽家は長秀の系譜とは全く別家。
戦国時代の当主であった丹羽氏次は、
長秀と同じく織田信長に仕えていましたが、
血縁関係はなく本姓も清和源氏で違います。
※長秀以前の系譜ははっきりしておらず、
二本松藩丹羽家は良岑氏の末裔を自称。 … 続きを読む