奥の院墓地にある中津藩奥平家の墓所。
中津藩奥平家は奥平家昌を初代とし、
小幡藩、宇都宮藩、古河藩、山形藩、
宮津藩等に転封を繰り返し、
最後に中津藩に入封してから定着しており、
中津藩主として9代続いた家系です。
「… 続きを読む
高野山奥の院墓地/中津藩奥平家墓所
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奥の院墓地にある中津藩奥平家の墓所。
中津藩奥平家は奥平家昌を初代とし、
小幡藩、宇都宮藩、古河藩、山形藩、
宮津藩等に転封を繰り返し、
最後に中津藩に入封してから定着しており、
中津藩主として9代続いた家系です。
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深江宿は唐津街道の宿場町。
唐津藩、幕府、中津藩と支配が移り、
中津藩領となってからは代官所が置かれ、
怡土郡の中津領24村の年貢米2万石が、
集められた後に船で運ばれたようで、
宿場だけでなく物資集積地としても、
賑わいを魅せていたようです。… 続きを読む
中津藩の鉄砲掛であった三木与右衛門は、
明治維新の前後に私塾三木塾を開き、
明治5年まで数学を教えていたという。
当時の私塾は漢学や儒学、国学等が殆どで、
数学を教える塾は非常に稀でした。
その三木与右衛門の墓が… 続きを読む
天仲寺は天仲寺山にあった禅寺で、
現在は廃寺となって建物は解体され、
跡地は天仲寺山公園となっています。
「天仲寺山 案内図」。
天仲寺山は標高28mの小山で、
元々は広津山と呼ばれていました。
中津藩初代藩主小笠原長次は、… 続きを読む
参勤交代制度があった事や、
隠居後も江戸で生活を送っていた為、
中津藩の藩主の殆どは江戸で死去。
遺骸は品川区の清光院に葬られ、
国許に墓は建てられませんでしたが、
7代藩主奥平昌猷は唯一領内で死亡し、
葬儀が行われて自性寺に葬られました。
自性寺は歴代の菩提寺で臨済宗の寺院。… 続きを読む