久々に上五島(中通島)へ行きました。
これで3度目ではありますが、
約10年ぶりに[龍馬ゆかりの地]を訪問。
「龍馬ゆかりの地」。
亀山社中が運用予定のワイル・ウエフ号は、
ユニオン号に曳航され鹿児島に向かう途中、
暴風雨に遭遇して… 続きを読む
「亀山社中」タグアーカイブ
長崎県長崎市 亀山社中跡
慶応元年に神戸海軍操練所は廃止され、
勝海舟は軍艦奉行を罷免され、
勝の私塾神戸海軍塾も閉鎖となります。
坂本龍馬ら塾生の後事を案じた勝は、
彼らの庇護を薩摩藩に依頼。
薩摩藩は彼らに給金を出しており、
海軍塾出身の浪士集団が形成されました。
これが亀山社中となり… 続きを読む
長崎県長崎市 坂本龍馬像
長崎市街の東側に位置する風頭山。
その頂上に坂本龍馬像があります。
風頭山には10年前にバスツアーで訪問し、
長崎日帰りバスツアー②
みよちゃんを抱えて麓まで下りましたが、
今回はゆきちゃんを連れて来ました。
流石に麓までは行きませんが、
懐かしの史跡を巡ってみます。
「坂本龍馬之像… 続きを読む
長崎県長崎市 大浦慶墓所
茶貿易で財を築いた女商人大浦慶の墓所。
油商大浦太平次の娘に生まれた慶は、
傾いていた家業を立て直す事を誓い、
日本茶の貿易に乗り出します。
嘉永6年に通詞品川藤十郎の尽力を得て、
独商人テキストルに嬉野茶を託し、
イギリス、… 続きを読む
長崎県長崎市 小曽根乾堂墓所
小曽根乾堂は長崎屈指の豪商で、
坂本龍馬の支援者として知られますが、
他にも詩や書画、月琴や陶芸の他、
篆刻の才に優れていたようです。
小曽根家の代々墓所は晧台寺墓地でしたが、
乾堂の墓は市街より南の大平寺墓地… 続きを読む
長崎県長崎市 大浦慶居宅跡
油屋町に大浦慶の居宅跡の碑があります。
「大浦けい居宅跡」。
老舗の油屋大浦屋の跡地。
慶は当主大浦太平次の娘に生まれますが、
油商は不振で屋台が傾いていました。
慶は新しく茶の輸出を思いつき、
蘭通詞品川藤十郎の協力を得て、… 続きを読む
東京都港区 光林寺
光林寺は東京都港区にある臨済宗の寺院。
丸亀藩4代藩主京極高豊が開基し、
不生禅を説いた禅僧盤珪永琢の開山で、
延宝6年(1678)麻布谷町に創建され、
元禄7年(1694)に現在地に移転しました。
「光林寺」。
本堂は寛政元年(1789年)に再建されたもの。
樹木希林の葬儀も行われたようで、
本人がここでの葬儀を希望したとされます。
裏手には比較的大きな墓地が広がり、
京極家… 続きを読む