幕長戦争」タグアーカイブ

島根県鹿足郡 野坂峠口番所跡

津和野城下から山陰街道を南下すると、
長州藩との藩境にあたる野坂峠がありますが、
その入口に津和野藩口番所が置かれました。


津和野町中座周辺。緑の線が山陰街道で、
赤丸辺りが口番所のあった場所。


木戸跡」。… 続きを読む

島根県益田市 益田戦争戦死者の墓

慶応2年の第二次長州征伐幕府軍は、
大島口芸州口小倉口、そして石州口より、
長州藩の領内へ侵攻する事と決定します。
これに対する長州藩側の戦略としては、
他の戦線は防戦の方針を取りながら、
石州口では… 続きを読む

山口県柳井市 白井素行墓所

熊毛郡平生町宇佐木の墓地に、
奇兵隊軍監白井素行の墓所があります。


従五位白井素行墓」。
白井素行は寄組浦家家臣白井弥蔵の長男で、
幕末期は白井小助と称していました。
江戸藩邸で吉田松陰と起居を共にし、
それ以降親しく交友していたとされます。
松陰が… 続きを読む

山口県大島郡 残兵斬首跡

慶応2年6月に起こった大島戦争において、
一時幕府軍周防大島を占領しますが、
丙寅丸の奇襲や上陸作戦での勝利により、
幕府軍は撤退して周防大島は奪還されます。

長州勢は敗残の松山藩兵を捕らえますが、
そのうち士分14名が斬首に処され、
その首が晒し首続きを読む

山口県大島郡 大島宰判勘場跡

長州藩は直轄地を宰判という行政区に分け、
代官を置いて行政にあたらせていました。
宰判には勘場と呼ばれた役所が設けられ、
租税徴収、治安維持、
裁判等が行われています。

大島宰判勘場上関宰判管轄の一部を除き、
大島郡のほぼ全域を支配していました。


大島宰判勘場跡(久賀農協会館)」。… 続きを読む

山口県岩国市 籌勝院

籌勝院は岩国市小瀬にある曹洞宗寺院。
湯原八幡宮の社坊だったようで、
慶長元年(1596)に吉川家家老香川春継が、
小瀬村を与えられて領主となった際に、
ここを実父香川光景の位牌所とし、
喜本院と称させたのが始まり。
春継もその子香川家景続きを読む

福岡県北九州市 須佐神社/狸山古戦場跡

慶応2年8月1日。
長州藩との戦いで不利となった小倉藩は、
小倉城を自焼させ香春に撤退しました。
家老島村志津摩は藩兵を再編し、
金辺峠狸山に防衛拠点を置いて、
勢いに乗る長州藩兵を迎撃。
金辺峠は総司令官である島村が守り、
狸山には同じく家老の小宮民部続きを読む