津藩」タグアーカイブ

三重県名張市 名張藤堂家邸跡

寛永12年(1635)に藤堂高吉伊勢国に移り、
2代藩主藤堂高次の命により名張に移住。
高吉は筒井定次の家臣松倉豊後守や、
津藩の梅原勝右衛門が居館を構えた場所に、
御殿を建設してこれを居館とします。… 続きを読む

三重県名張市 徳蓮院/名張藤堂家墓所

徳連院は名張市平尾にある曹洞宗寺院。
鎌倉末期に名張の豪族堀江宗樹が建立し、
大蓮寺として同家菩提寺となっていました。
その後は荒廃していたようですが、
寛永13年(1636)に藤堂高吉が名張に入ると、
その菩提寺に定められて再建。
以後は名張藤堂家の墓所となっています。


本堂続きを読む

三重県津市 浦上キリシタン収容所跡

慶応4年6月に浦上キリシタンら114名は、
津和野福山の三藩に配流。
翌明治2年12月には3000余名のキリシタンが、
21藩に分けられて流されました。
津藩でも浦上キリシタンを預かる事となり、
115名が津藩領に連行。
大和古町22名、上野58名、一志郡大村75名と、… 続きを読む

三重県伊賀市 藤堂高清墓所

藤堂高虎の異母弟藤堂高清は、
上野城代を務めて寛永17年(1640)に死去。
上野の長者屋敷に葬られたとされます。
その墓所は昭和19年(1944)に海軍に接収され、
伊賀海軍航空基地の建設に伴い、
西側の神道墓地に移転したとのこと。


月山藤堂問碣」。… 続きを読む

三重県伊賀市 上行寺/藤堂高清墓所

藤堂高清藤堂高虎の異母弟で、
一門藤堂出雲家の家祖。
初陣の大坂冬の陣で奮戦し、
真田丸での戦闘で負傷しています。
翌年の夏の陣では名張城代を命じられ、
出陣を許されませんでしたが、
無断で弟の藤堂正高続きを読む

三重県伊賀市 上行寺/藤堂家歴代供養墓所②

/②
つづき。


大亨院殿独山高慎権大僧都」。
4代藩主藤堂高睦の墓。
3代高久は子に恵まれず、
末弟の高睦を養嫡子としており、
高睦は高久の死去に伴って家督を継ぎます。
治世では元禄地震宝永地震
富士山噴火などの天災に見舞われ、
大きな被害に遭っており、… 続きを読む

三重県伊賀市 上行寺/藤堂家歴代供養墓所①

①/

上行寺は伊賀上野にある日蓮宗寺院。
藤堂高虎領地替えに付き従って、
各地を移転した寺院でした。


本堂」。
上行寺の創建は天正16年(1588)とされ、
当初の本拠紀伊国粉河に開山。
慶長16年(1611)に現在地に移転しており、
寛永7年(1630)に高虎が死去すると、… 続きを読む