益田家」タグアーカイブ

島根県益田市 益田兼堯墓所


幕末とは大きく離れてはいますが、
益田市にある益田家の墓所を巡ってみます。
萬福寺にある益田家当主の墓所を、
以前にも記事にしていましたが、
他にも益田家当主の墓所が散在しており、
これを巡ってみようと考えました。

15代当主益田兼堯の墓所は、
七尾町桜谷の墓地内にあります。

益田兼堯の墓」。
益田家15代当主益田兼堯の墓。
14代益田兼理続きを読む

山口県長門市 大寧寺墓地/益田家墓所

石見益田家の菩提寺のひとつ妙義寺は、
13代益田秀兼大寧寺木叟和尚を招き、
開山させたとされています。
この事から益田家は大寧寺と深く結びつき、
焼失した山門を再建するなど、
大寧寺を篤く信仰していたようです。

大寧寺墓地にある益田家の分骨墓。… 続きを読む

山口県萩市 東光寺/四大夫十一烈士墓所

東光寺大雄宝殿裏側奥は毛利家墓所で、
その手前には四家老の墓所と、
元治甲子殉難烈士の墓所があります。
彼らは元治元年の第一次長州征伐の際に、
藩内で主導権を握った俗論党により、
切腹したり斬首された藩士達でした。
これらは杉孫七郎続きを読む

山口県萩市 笠松神社

長州藩永代家老益田家の領地である須佐に、
益田親施を祀る笠松神社があります。

益田家33代当主親施は尊攘派の家老で、
吉田松陰やその門下とも近く、
京都での尊攘運動にも奔走しました。
禁門の変続きを読む

長州藩の異国船討ち払い

長州藩下関で外国船砲撃を行っており、
これは一般的にも知られる事件ですが、
その137年前の享保11年(1726)に、
須佐湾に侵入した外国船に対して、
その討ち払いを行っています。

永代家老益田家の領地須佐湾に唐船が現れ、
これに対して攻撃を加えて沈めた事件で、
当時の一隻の唐船さえ難儀していたのに、
西洋の黒船続きを読む