近松寺は鎌倉時代の創建とされ、
戦国時代に波多守親が再興していましたが、
兵火で伽羅を焼かれた後に、
唐津に入封した寺沢広高が再び再興し、
寺沢家の菩提寺となりました。
しかし次代寺沢堅高が島原の乱の責で自害。
寺沢家は断絶した為に寺運が衰退します。… 続きを読む
「臨済宗」タグアーカイブ
滋賀県東近江市 永源寺
井伊直興の墓所は彦根藩歴代藩主とは違い、
臨済宗永源寺派の大本山永源寺にあります。
臨済宗、黄檗宗の十五本山のひとつで、
全国に127の末寺を擁す古刹寺院。
南北朝時代の近江守護職六角氏頼が、
高僧寂室元光禅師… 続きを読む
滋賀県東近江市 松雲寺/井伊直興墓所
彦根藩井伊家の歴代墓所は彦根の清凉寺と、
東京都世田谷区の豪徳寺なのですが、
彦根藩4代井伊直興だけは、
臨済宗永源寺派大本山永源寺に埋葬。
直興は永源寺86世住持南嶺慧詢に帰依し、
この縁から永源寺が墓所と定められ、
直興の生前から墓が建てられていたという。
後に南嶺慧詢が… 続きを読む
滋賀県蒲生郡 清源寺/仁正寺藩市橋家墓所
清源寺は仁正寺藩市橋家の菩提寺で、
旧領主蒲生定秀の別邸桂林庵だったものを、
初代藩主市橋長政が菩提寺に定めた寺院。
「本堂」。
本堂には歴代藩主や重臣らの位牌の他、
2代と3代藩主の木像も安置され、
多くの藩資料も寺宝として残されてます。
清源寺墓地には200人に及ぶ藩士の墓の他、
3代、6代、8代藩主の墓があります。… 続きを読む
京都府京都市 高台寺
北政所は豊臣秀吉の菩提を弔うため、
東山に高台寺を創建しています。
現在は臨済宗ですが創建時は曹洞宗でした。
建立には徳川家康が多額の援助をしており、
普請掛として堀直政が任じられます。
「庫裏」。
拝観順路入口に位置する… 続きを読む
滋賀県高島市 圓光寺/大溝藩分部家墓所
大溝藩分部家は元々伊勢の国人で、
北伊勢に勢力を伸ばす長野家の一族でした。
分部光嘉は織田信長の伊勢侵攻に際し、
内通して長野家の家督を織田信包に継がせ、
※信包は信長の弟。
信包配下として伊勢上野城を与えられます。… 続きを読む
京都府京都市 東福寺
東福寺は臨済宗東福寺派の大本山で、
鎌倉時代の摂政九条道家により建立され、
宗より帰国した円爾が開山した大寺院。
火災や兵火で幾度も伽羅を焼失しますが、
その度に復興されており、
今もなお25の塔頭を持つ大寺院で、
国宝を含む多くの文化財を有しています。
鳥羽伏見の戦いでは… 続きを読む