山鹿市立博物館敷地内にある西南戦争の慰霊碑。
山鹿口の戦いは24日間の激戦が繰り返され、
両軍合わせて519名が戦死しています。
戦闘は山鹿市内全地域に及びますが、
博物館のある鍋田地区は特に激戦地だった場所。
「西南の役戦歿者慰霊碑(右奥)」、
「西南の役戦歿者記名碑(手前)」。
昭和56年に建立された両軍戦没者の慰霊碑と、
平成7年に建立された両軍戦没者の記名碑… 続きを読む
熊本県山鹿市 大坪橋
山鹿市立博物館敷地内にある大坪橋。
これは山鹿手永の惣庄屋福田春蔵が、
幕末の慶応元年頃に吉田川に架橋したもの。
大坪橋は人が渡るだけの橋ではなく、
水の無い土地に水を引く為の用水橋でした。
「大坪橋」。
見事な二連アーチ式の石橋(眼鏡橋)。… 続きを読む
熊本県山鹿市 帆足長秋・京先生像
山鹿市鍋田にある「山鹿市立博物館」。
県内で2番目に開館した古い博物館で、
考古学の資料を展示しているとのこと。
このブログの範囲から外れてはいますが、
館の周辺には興味深いものが沢山あります。
「山鹿市立博物館」。
市内を中心とした菊池川流域の考古資料や、
歴史資料、民俗資料を中心に、… 続きを読む
熊本県玉名郡 腹切坂
薩摩街道の難所である腹切坂。
腹切という不穏な名称のこの坂は、
人を殺して諸国を逃げ回っていた武士が、
所詮逃げられぬと悟って腹を切ったとか、
平家の落ち武者が逃亡を断念して、
腹を切った場所であるとか、
大事な書状を持った飛脚が坂を上り、
坂の中間ですれ違った農夫に、
坂はあとどれくらいかと尋ねた際、
「あなたがこれまで歩いて来た程」と聞き、… 続きを読む
熊本県玉名郡 下岩官軍墓地
下岩官軍墓地は玉名郡和水町にある官修墳墓。
明治10年3月3日~4月2日の山鹿口の戦いで、
戦死及び戦病死した官軍将兵が眠ります。
「下岩官軍墓地」。
官軍本営が一時置かれた光行寺の隣にあり、
134基の墓碑が整然と並んでいます。
全国各地の各鎮台に所属し、
鍋田… 続きを読む
熊本県玉名郡 白坂
白坂は薩摩街道の難所のひとつで、
往時の景観が今に保たれている場所。
天正15年(1587)の肥後国衆一揆では、
日輪寺山に陣を構えた佐々成政へ、
立花宗茂らが兵糧を届けていますが、
その帰路にこの白坂で国人勢に襲われ、
戦闘となってこれを撃退しました。… 続きを読む
熊本県玉名郡 肥猪町官軍墓地
肥猪町の北外れにある肥猪町官軍墓地。
熊本県内にある21ヶ所の官修墳墓のひとつ。
「肥猪町官軍墓地」。
肥猪町官軍墓地は街道沿いに面ししており、
整備も行き届いているようです。
円形状になった墓域。
中央向きに180基の墓碑が立ち並んでいます。
その大半が明治10年3月12日及び15日に、
鍋田・平山の戦闘で戦死した戦死者で、
各鎮台… 続きを読む
