[中国地方(山口県除く)]」カテゴリーアーカイブ

岡山県岡山市 大光寺(足守藩木下家墓所)

豊臣秀吉の正室北政所の兄木下家定は、
関ヶ原の戦いで中立を保ち、
足守に2万5千石を与えられました。

家定の死後、幕府は遺領を長男と次男で分ける様に指示。
しかし長男木下勝俊が遺領を独占した為に、
次男木下利房がこれを不服として幕府に訴え、
勝俊は… 続きを読む

岡山県岡山市 曹源寺(正覚谷池田家墓所)

岡山藩池田家の歴代墓所は、
和意谷池田家墓所正覚谷池田家墓所の2つ。

和意谷の方は儒式の墓所で、
姫路藩初代池田輝政、2代池田利隆
岡山藩初代池田光政、8代池田慶政、9代… 続きを読む

広島県大竹市 長州の役戦跡 苦の坂

慶応2年6月13日。
長州征討軍先鋒の彦根藩兵と与板藩兵は、
岩国領との国境である大竹村に布陣。
翌14日から小瀬川対岸の長州勢と、
戦闘を開始しました。

一方、別動隊として高田藩兵千余名は、
立戸から苦の坂続きを読む

広島県廿日市市 長州戦争史跡 千人塚

大野村にある名滝「妹背の滝」。
そこから西教寺までは「滝の下」と呼ばれ、
芸州戦争の激戦地となった場所でした。
そこに戦死した幕軍を埋葬した塚があります。
※山陽自動車道大野ICを降りて左100m程の場所。


長州戦争史跡 千人塚」。
千人塚という名称ですが、
千人も埋められている訳ではありません。… 続きを読む

岡山県笠岡市 笠岡代官所跡

備中国笠岡毛利家の支配地域でしたが、
関ケ原の戦い後、長門・周防2国に減封となり、
笠岡は天領となりました。
一時期、福山藩水野家の所領となりますが、
水野家の無嗣改易によって再び天領となり、
倉敷代官所の管轄となります。… 続きを読む