雄町の冷泉は旭川の伏流水が湧出したもので、
貞享3年(1686)に岡山藩2代池田綱政が整備し、
藩主の御用水とされていたようで、
番所や水奉行による監視が行われ、
領民の使用が禁止されていたとされます。
「雄町の冷泉源泉」。
かつて御用水が汲まれていた泉。… 続きを読む
岡山県岡山市 雄町の冷泉
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雄町の冷泉は旭川の伏流水が湧出したもので、
貞享3年(1686)に岡山藩2代池田綱政が整備し、
藩主の御用水とされていたようで、
番所や水奉行による監視が行われ、
領民の使用が禁止されていたとされます。
「雄町の冷泉源泉」。
かつて御用水が汲まれていた泉。… 続きを読む
曹源寺には一度訪れてはいますが、
その際には池田家墓所には行けず断念。
色々と調べると庭園から墓所に行けるらしく、
今回再度訪問する事としました。
「曹源寺」。
岡山藩池田宗家の菩提寺。
岡山藩2代藩主池田綱政によって、
高祖父池田恒興及び、… 続きを読む
旗本井原池田家は池田長信を祖とし、
備中国井原周辺1200石を領した家系。
10代当主池田長發は非常に優秀な人物で、
第二回遣欧使節の正使に抜擢され、
フランス政府とパリ約定を締結しました。
「井原池田家墓所」。… 続きを読む
東山墓地にある瀧善三郎の墓所。
瀧家は岡山藩家老日置家の家臣で、
神戸事件の責任を一人で背負い、
諸外国の見守る中で見事に切腹を遂げ、
発足間もない新政府の危機を救いました。
「瀧家墓所」。
東山墓地にある瀧家の墓所。… 続きを読む
東山墓地にある岡山藩家老土倉家の墓所。
「土倉家墓所」。
公営墓地内ながら非常に荒れています。
ある程度は草生していても、
なんとか入り込もうとはするのですが、
草ではなく既に木々が生えており、
足を踏み入れる隙間もありません。
長い期間手入れがされていないようで、
蛇でも出て来そうな状態。
もしかすると… 続きを読む
岡山藩家老家の片桐池田家は、
池田恒興の四男池田長政の系譜で、
長政は重臣片桐俊元の養子となり、
3万2000石を与えられました。
2代池田長明が幼少の為に減封され、
2万2000石となっていますが、
以後は岡山藩家老家として続き、
片桐池田家と呼ばれました。
※周匝周辺を領した事から、
周匝池田家… 続きを読む
岡山藩家老家の建部池田家は、
伊勢赤堀城城主森寺秀勝が池田恒興に仕え、
池田家の家老となった事に始まる家系。
2代森寺忠勝が継嗣なく死去した為、
恒興の次男池田長吉の次男森寺長定及び、
三男… 続きを読む