広島県福山市 福山城(再訪)

福山城に再訪。
前回訪問時は補修工事だったので、
天守養生幕に覆われていましたが、
令和4年に工事は完了しています。
そこで福山城へ再訪しようと思いましたが、
行ける時間が夕方以降であった為、
どうせならライトアップされた夜に行き、
前回と趣向を変えた方が良いかも?と、
暗くなってから訪問する事としました。


東側登城口」。
前回同様に東側から登城。
城のライトアップっていつどこで、
最初にやり始めたんでしょうね。


鏡櫓文書館」。
東側登城口の坂から見える鏡櫓文書館
鏡櫓は本丸東側に位置する2階建の櫓で、
東南隅の月見櫓と塀で繋がれています。
廃城の際に取り壊されており、
昭和48年に外観復元。
現在は古文書が展示されているようです。


天守(南側)」。
大天守5層6階、小天守2層3階で、
双方が接合する層塔型複合天守
廃城後も天守は解体を免れており、
旧国宝に指定されていましたが、
空襲によって焼失してしまいます。
その後の昭和41年に外観復元されており、
内部は福山城博物館となって利用され、
福山市のシンボルとなっています。


鐘櫓」
こちらは現存している鐘櫓
時を告げる太鼓が備えられ、
正時には鐘、半時には太鼓を打ち、
城下に時を知らせたとされます。
また有事の際には太鼓が打ち鳴らされ、
半時(1時間)以内に集合するように、
藩士に定められていたようです。

本丸から筋鉄御門をくぐって外側へ。

筋鉄御門」。
伏見城から移築された筋鉄御門。
柱や扉に筋鉄が施されています。
現存建築物で国指定重要文化財


伏見櫓」。
本丸西南角にある3層3階の伏見櫓
伏見城松ノ丸にあった櫓とされ、
数少ない伏見城の現存建築物。
二階梁に移築を表す刻印があります。
国指定重要文化財。


御湯殿」。
藩主が使用した風呂場だったようで、
こちらも伏見城から移築されましたが、
空襲で焼失して再建されたもの。


月見櫓」。
参勤交代で帰郷する藩主の到着を、
この櫓から見定めていたとされます。
伏見城からの移築とされていますが、
廃城の際に取り壊されたとのこと。
跡地に葦陽館という貸会場が建てられ、
明治30年に最後の藩主阿部正桓が、
葦陽館で元家臣らと謁見。
往時を懐かしんだとされています。
昭和41年に外観復元。

来た道を戻り外周から北側へ。

阿部正弘之像」。
福山藩7代藩主阿部正弘の像。
幕末期のキーパーソンのひとりで、
彼の政治判断で歴史が動きました。
詳しい事は何度も書いているので割愛。


「天守(北側)」。
新幹線ホームから天守を望み、
福山城を見た気になった人も多い筈。
ホームからはこの黒い天守は見えません。
福山城の天守は極めて特殊で、
北側のみ全面に鉄板が張られています。
このような例は他に類がありません。
これを見たければ駅を降りて下さい。

東側へ。

水野勝成之像」。
二の丸上段東側にある水野勝成像
水野勝成は福山城の築城主であり、
数々の武功を挙げた猛将です。
こちらも生涯については割愛。

夜も十分に楽しめる福山城。
というか夜しか楽しめない事もあります。
たまにはこういう登城もアリですね。

日本百名城

【福山藩】
藩庁:福山城
藩主家:阿部宗家
分類:10万石→11万石、譜代大名

■関連記事■
広島県福山市 福山城
 前回訪問時の記事。
広島県福山市 賢忠寺/水野宗家墓所
 水野勝成ら水野宗家の墓所。
東京都台東区 谷中霊園/福山藩阿部家墓所
 寛永寺谷中墓地にある阿部家歴代墓所。
広島県福山市 阿部正方墓所
 9代福山藩阿部家藩主の墓所。
東京都台東区 谷中霊園/阿部正桓墓所
 10代藩主阿部正桓の墓。

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